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抗体産生を促進する機能的iNKT細胞の誘導因子の発見
〜ワクチン特異的抗体産生の誘導機構の解明から期待される感染症の予防戦略〜 東京慈恵会医科大学、かずさDNA研究所

 東京慈恵会医科大学 細菌学講座 金城 雄樹 講座担当教授、林﨑 浩史 助教らの研究グループは同 呼吸器内科の荒屋 潤 講座担当教授、上井 康寛 医師、かずさDNA研究所オミックス医科学研究室 遠藤 裕介 室長らとの共同で、新規肺炎球菌ワクチンによる抗体産生に重要な役割を担う機能的iNKT細胞の誘導に関する免疫学的機序を明らかにしました。


本研究成果のポイント

・ ワクチン抗原特異的抗体産生を促す機能的iNKT細胞の誘導に関わる担当細胞と因子を同定しました。

・ 同定した誘導因子はミトコンドリア代謝制御因子として働き、iNKT細胞の機能に必要なエネルギー供給に必要不可欠であることを見出しました。

肺炎球菌感染マウスモデルでの解析により、同定した誘導因子がワクチンによる機能的iNKT細胞の誘導および感染防御に重要な役割を担うことを明らかにしました。

研究の概要

 感染症の予防においてワクチンは有効な手段であり、迅速かつ持続的な効果をもたらすワクチンの樹立が求められます。そのためには、免疫応答の仕組みを解明し、その知見をワクチン開発に応用することが重要です。
 肺炎球菌は肺炎、中耳炎や副鼻腔炎の主な原因菌です。また、菌血症や髄膜炎などの侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)を引き起こしますが、特に5歳未満の小児と65歳以上の成人ではそのリスクが高いことから、肺炎球菌ワクチンの定期接種が行われています。現行ワクチンは有効性の高い優れたワクチンですが、肺炎球菌の種類が約100種類あることから、より幅広く感染防御効果をもたらすワクチンの開発が必要と考えられています。

 本研究では、ほとんどの肺炎球菌が保有するタンパク質をワクチン抗原とし、リンパ球のインバリアントナチュラルキラーT(iNKT)細胞を特異的に活性化する糖脂質をアジュバントとした新規肺炎球菌ワクチンを用いました。当該ワクチンをマウスに接種すると、肺炎球菌ワクチン抗原に対する特異的抗体の産生が促進されることが分かりました。しかし、どのようにして機能的なiNKT細胞が誘導され、効率よく特異的抗体産生を促進しているのか、そのメカニズムは不明でした。本研究にて、マウスに当該ワクチンを接種すると、接種後早期にインターロイキン27(IL-27)という因子が産生され、機能的なiNKT細胞の誘導に重要な役割を担うことを発見しました。また、詳細な解析により、このワクチンの効果誘導にはIL-27を介したiNKT細胞のミトコンドリア代謝制御が重要であることを明らかにしました。iNKT細胞を介した免疫賦活作用は、肺炎球菌感染症のみならず様々な感染症のワクチンに応用可能であり、種々の新興感染症に対する予防戦略の一つになることが期待されます。
 本研究成果は、2月19日(米国東部時間)の週に米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)」に掲載予定です。

【論文情報】
論文名:IL-27 regulates the differentiation of follicular helper NKT cells via metabolic adaptation of mitochondria
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)
著  者:Yasuhiro Kamii, Koji Hayashizaki, Toshio Kannno, Akio Chiba, Taku Ikegami,
Mitsuru Saito, Yukihiro Akeda, Toshiaki Ohteki, Masato Kubo, Kiyotsugu Yoshida, Kazuyoshi Kawakami, Kazunori Oishi, Jun Araya, Kazuyoshi Kuwano, Mitchell Kronenberg, Yusuke Endo and Yuki Kinjo

【研究背景】
 インバリアントナチュラルキラーT(iNKT)細胞 (注1)は、固有のT細胞受容体(TCR)を発現するリンパ球です。通常のT細胞が個々のTCRで特異的ペプチドを認識して活性化する一方、iNKT細胞は固有のTCRで糖脂質を認識することで活性化します。糖脂質抗原で活性化したiNKT細胞は抗体産生応答を増強することから、ワクチン開発への応用が期待されています。また、これまでの研究で、糖脂質抗原で活性化したiNKT細胞は濾胞性ヘルパーNKT(NKTFH)細胞(注2)へと機能分化することで、特異的抗体産生に寄与することが示唆されていましたが、NKTFH細胞への機能分化に関与する細胞や因子に関しては明らかにされていませんでした。
 本研究では、多くの肺炎球菌に対し感染防御効果をもたらすワクチンとして、近年私達が考案した新規肺炎球菌ワクチンを用い、抗体産生に重要な役割を担うNKTFH細胞の誘導機構を解析しました。

【研究内容と成果】
 私達が考案した新規肺炎球菌ワクチンは、ほとんどの肺炎球菌が保有するタンパク質とiNKT細胞を活性化させる糖脂質で構成されています。まず、NKTFH細胞の誘導に関与する細胞の同定を目指し、新規肺炎球菌ワクチンをマウスに投与後、脾臓のiNKT細胞の周囲に存在する細胞について、共焦点レーザー顕微鏡を用いて解析しました。その結果、iNKT細胞はGr-1陽性細胞(注3)と共局在することを見出しました(図1A)。Gr-1陽性細胞を除去したところ、ワクチン投与後に誘導されるNKTFH細胞数の著しい減少を認めたことから(図1B)、Gr-1陽性細胞がNKTFH細胞の誘導において重要であることが明らかになりました。次に、どのような作用因子がGr-1陽性細胞から産生されているかを明らかにするために、次世代シーケンサーを用いた網羅的遺伝子発現解析を行いました。その結果、NKTFH細胞誘導の際にGr-1陽性細胞が様々な液性因子(サイトカイン)を一過的に産生していることがわかりました(図2A)。私達はその中でもインターロイキン-27(IL-27)(注4)に着目しました。IL-27がNKTFH細胞の誘導に重要かどうか明らかにするために、IL-27中和抗体をマウスに投与したところ、IL-27を中和したマウスではNKTFH細胞数が顕著に減少しました(図2B)。そのことから、Gr-1陽性細胞が産生するIL-27がNKTFH細胞誘導に必要不可欠であることが明らかになりました。

 これまでIL-27がiNKT細胞にどのような作用をもたらすのか知られていませんでした。そこで、IL-27を中和したマウスから単離したiNKT細胞の遺伝子変動解析を行いました。その結果、iNKT細胞のミトコンドリア代謝(注5)関連遺伝子がIL-27の中和により大幅に変化していることがわかりました。ミトコンドリア機能の変化を詳細に解析するために、私たちはIL-27添加時のiNKT細胞のミトコンドリアのサイズ、膜電位、活性酸素種の産生について、フローサイトメトリー解析を行いました。これらの3つの解析において、IL-27添加により蛍光強度の上昇を認めたことから(図3A)、ミトコンドリア代謝の亢進が示唆されました。また、それに伴いiNKT細胞中のATP産生が亢進していることがわかりました(図3B)。このことから、IL-27はiNKT細胞のミトコンドリア代謝を亢進させることで、NKTFH細胞誘導に必要なエネルギー供給に寄与していることが示唆されました。

 さらに、私達が樹立した新規肺炎球菌ワクチンの感染防御効果とその効果におけるIL-27の重要性を解析しました。当該ワクチンを投与したマウスの血中ではワクチンのタンパク質抗原に対する抗体が多量に産生されていました。また、致死性の肺炎球菌敗血症モデルでの解析にて、当該ワクチン免疫群では、iNKT細胞依存的に優れた感染防御作用を示しました。この感染防御作用はIL-27を中和した際には有意に低下したことから、当該ワクチンの強力な感染防御効果におけるIL-27を介したNKTFH細胞誘導機構の重要性が明らかとなりました。

【今後の展望】
 今回の研究により、これまで未解明であった機能性iNKT細胞の一つであるNKTFH細胞の誘導において重要な細胞および因子を同定しました。iNKT細胞活性化の活用は、とりわけ抗体産生応答をその効果基盤とするワクチンにとって有用であると考えられており、その効果の中心的な役割を担うNKTFH細胞誘導の作用機序を明らかにできたことは今後のiNKT細胞を利用した治療戦略の助けになると思われます。今回得られた知見を踏まえて、肺炎球菌感染症に対する幅広い感染防御効果をもたらすワクチンの開発を目指すと共に、他の感染症を含めて効果的なワクチンの開発への応用も検討していきたいと考えております。

【付記】
 本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(C)(21K07085)、基盤研究(B)(19H03705, 22H03123)、東京慈恵会医科大学 医学研究科研究推進費などの支援を受けて行われました。また、東京慈恵会医科大学 基盤研究施設の共通解析機器利用や受託解析サービスなどの多大なるサポートを受けて行われました。

【参考図】


【用語解説】
注1) iNKT細胞
 T細胞の特徴や機能に加えて自然免疫系細胞であるナチュラルキラー(NK)細胞の特徴を合わせ持つことからその名が付けられています。通常のT細胞が個々のTCRで特異的ペプチドを認識して活性化する一方、iNKT細胞は糖脂質を固有のTCRで認識することで活性化します。iNKT細胞は活性化すると迅速に多くのサイトカインを産生して、免疫応答を増強する機能を持っています。

注2)NKTFH細胞
 抗体産生細胞応答をサポートする細胞としてよく知られている濾胞性ヘルパーT(TFH)細胞と類似の表現系をもつ機能的iNKT細胞の一つです。IL-21などのB細胞応答に必要不可欠なサイトカインを産生しますが、TFH細胞との機能的な違いや発生機序などは明らかになっていません。

注3)Gr-1陽性細胞
 Gr-1抗体が認識する細胞集団であり、脾臓では単球、マクロファージや好中球が含まれます。その多くは脾臓の赤脾髄に局在しています。

注4)IL-27
 IL-12サイトカインファミリーに属するサイトカインの一つで、p28とEBI3という異なる二つのタンパク質で構成されています。免疫を正と負、双方に制御することが知られていますが、iNKT細胞への作用は明らかになっていませんでした。

注5)ミトコンドリア代謝
 細胞内小器官であるミトコンドリアにて行われる様々な代謝反応を指します。代表的なものは内膜にて反応が起こる酸化的リン酸化であり、極めて効率的なエネルギー代謝です。活性化T細胞では解糖系を介してエネルギー代謝が起こりますが、ナイーブT細胞や記憶T細胞では主に酸化的リン酸化によってエネルギー代謝が行われています。近年の研究により、iNKT細胞は活性化時においても酸化的リン酸化を介したエネルギー代謝に依存することが示されています。


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