話題

がん免疫療法、柱の一つに
~国内承認から10年~

 世界に先駆けて日本でがん免疫治療薬が承認されてから10年が経過した。免疫療法は手術、放射線、薬物療法(化学療法)と並ぶ4本目の柱と位置付けられ、医師や患者からは「治療の選択肢が増えた」「進行がんの患者でも希望が持てるようになった」などと評価する声が上がる。一方で、幅広く認知されているとは言えず、治療効果の向上や副作用への適切な対応などの課題も残る。

相良会長

相良会長

 ◇オプジーボ利用19万人

 「臨床試験を始めた時はなかなか信用してもらえなかった」。2014年7月に承認された薬「オプジーボ」を発売した小野薬品工業の相良暁会長CEOは感慨深げに語る。同社によると、国内の利用者は推定で19万人に上る。開発に貢献したとして、本庶佑・京都大学特別教授らが18年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。

 オプジーボは免疫チェックポイント阻害薬と言われ、免疫細胞からの攻撃にブレーキをかけようとするがん細胞の働きを阻止し、がんを死滅させる。従来の抗がん剤はDNAの複製を防いでがん細胞を増殖させない仕組みで、両者は作用の仕方に違いがある。国内で承認された免疫薬は現在までに八つに増え、治療対象のがんは20種となっている。

高井執行役員

高井執行役員

 ◇高評価だが認知不足の面も

 この新たなタイプの治療薬はどう評価されているのか。小野薬品などが今年6月下旬に実施したオンライン調査(対象は医師100人、がん患者900人)では、医師の90%が「がん治療の選択肢として地位を築いた」、使用経験のある患者の68%が「治療法の選択肢が増えてうれしい」と肯定的に受け止めていた。今後についても、さらなる発展や普及への期待が大きい。

 他方、免疫薬を使ったことがない患者ではやや様相が異なる。がん免疫療法を認知している割合は63%あるものの、大半は「知っているというほどではないが、名前を聞いたことがある」という程度。副作用に関しても認識が不十分だ。同社の高井信治執行役員は「一般の患者にはまだ深く認知されていない。正しい理解促進のために、情報発信に積極的に取り組んでいきたい」と総括する。

林教授

林教授

 ◇進行がんにも効果

 免疫薬の大きな特長は、進行期のがんにも効き目がある点だ。腫瘍内科が専門の林秀敏・近畿大学教授は「私が研修医だった頃はステージ4の肺がん患者で1年以上生きる人は多くなかったが、今は2年、3年、5年生きる人がいくらでもいる」と、効能を強調する。がんはもはや不治の病ではなくなったとはいえ、発見・治療が遅れれば生存率は下がる。免疫薬は進行がんの患者に一つの希望をもたらしたと言える。

 他にも①同じ薬を長期にわたって使用し続けると耐性が生じ、効果が下がる場合が珍しくないが、免疫薬は効き目を長く維持できる②悪性黒色腫(メラノーマ)や原発不明がんなど、患者数が少ない希少がんにも有効—といった利点がある。同教授は「がん治療の薬はいろいろ開発されているが、半分近くが免疫チェックポイント阻害薬だ」と話しており、医療関係者の期待の大きさをうかがわせる。

 ◇患者「未来描けた」

 ステージ4と診断されながら、がんを克服した人たちが実際にいる。千葉県の社会保険労務士、清水公一さん(47歳)は12年に肺がんを患った。3カ月前に子どもが生まれたばかりだった。医師に「あなたのがんは治らない。延命治療になる」と言われ、家族の将来に思いをはせた。他の部位にも転移して困難な状況となったが、免疫薬の使用で「2カ月後にはがんがかなり縮小し、半年後には消えた。未来が描けるようになった」と振り返る。

清水さん(左)と林さん

清水さん(左)と林さん

 大阪府の車椅子ダンサー、林美穂さん(36歳)は生後5か月の時に神経芽腫(小児がん)と告げられ、車椅子での生活に。31歳で腎細胞がんにかかり、手術をしたものの約1年後に再発。「再発の時は神経が圧迫されて起き上がることすらできなかった。もう治らず、ダンスもできないのではないかと思った」という。幸い免疫薬が効いて1年弱でダンサーとして活動を再開し、海外でも公演した。

 2人の体験談には、失意の底から抜け出せた喜びがにじみ出る。

 ◇効果拡大や副作用対処が課題

 留意すべき点もある。免疫薬がよく効く患者は2割程度と、一部にとどまる。手術や他の抗がん剤、放射線治療との併用で有効性を高めている例もあるが、もっと多くの患者に朗報をもたらしたいところだ。引き続き、治療の仕方を工夫したり、新たな薬を投入したりといった取り組みが求められる。

 副作用としては脳炎心筋炎間質性肺炎、溶血性貧血などが挙げられる。従来の抗がん剤と比較すると「起こる頻度は同じだが、メカニズムが違うため内容が違う」(高井氏)。直接命に関わりかねないケースもあるため、「時間との勝負になる。1、2日考えてからでは手遅れになる場合もある」(林教授)と、迅速な対処が必要になる。林教授は「副作用のマネジメントそのものも大事だし、マネジメントに関する教育プログラムも重要。われわれ臨床医はもっと勉強・研究しなければいけない」と力説する。(平満)

【関連記事】


新着トピックス