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子どもの受動喫煙防止の徹底を=東京、来春から新条例施行

 たばこの煙が健康に有害なのは常識。だが、禁煙対策に取り組む専門家は「被害の深刻さに対する一般の理解はまだ不十分だ」と言う。特に、他人の煙にさらされる「受動喫煙」の有害性について、軽く考えている人が多そうだ。東京都議会が10月、自宅の部屋やマイカーといった私的空間でも受動喫煙から子どもを守るよう大人に求める条例を可決したのを機に、専門医らが語る受動喫煙問題の基礎知識と「被害」の実態を紹介する。

 ◇さまざまな病気増やすたばこの煙

 たばこによる病気と言うと、肺がん程度しか思い浮かばない人がいるかもしれない。だが、その煙に含まれる発がん物質や有害物質は、じわじわと体をむしばみ、さまざまな病気を引き起こしている。

 たばこ製品には、風味付けや保湿などのために数多くの添加物が入っている。このため、発がん物質は70種類以上、有害物質は約200種類含まれているとされる。ニコチンはその一部にすぎない。

 「発がん物質は口の中にこびりつくので、口腔(こうくう)・咽頭がんや喉頭がんが増える。唾液と一緒に飲み込まれることで、食道がん胃がんも増える」と、東京都医師会タバコ対策委員会委員長の村松弘康・中央内科クリニック院長は、喫煙で高まるがんリスクを説明する。鼻腔(びくう)・副鼻腔や肝臓、膵臓(すいぞう)、ぼうこう、子宮頸(けい)部のがんリスクも同様に高まるという。

 ニコチンは中枢神経に作用して血圧上昇や心拍数増加をもたらし、不完全燃焼で生じる一酸化炭素は血液中の酸素の運搬を妨げる。このため動脈硬化が進み、脳卒中虚血性心疾患が発症しやすくなるという。タール粒子は肺の奥に入り込んで炎症を起こすため、慢性閉そく性肺疾患(COPD)のリスクも高くなる。進行すると呼吸困難になる病気だ。

 受動喫煙も、もちろん健康に悪い。その影響が確実視されている三大疾病が肺がん虚血性心疾患脳卒中。厚生労働省の研究班によると、受動喫煙のある非喫煙者の三大疾病のリスクは、受動喫煙のない人に比べ1.2~1.3倍程度だ。他にも、「科学的証拠は、因果関係を示唆しているが十分ではない」とされ、影響が疑われている病気が幾つもある。

 同研究班の推計によると、喫煙が原因となって死亡する人は年間約13万人で、受動喫煙による死者も同約1万5000人。「交通事故による死者(2016年は約3900人)と比べると、受動喫煙による健康への影響がいかに大きいか分かる」。専門家がよく口にするたとえだ。

 ◇乳幼児突然死、子どものぜんそく

子どもを受動喫煙から守る条例作りについて語る岡本光樹都議
 受動喫煙は成長途上の子どもの健康にも影響を与える。その害から、18歳未満の子どもを守る狙いで制定されたのが「東京都子どもを受動喫煙から守る条例」で、来年4月に施行される。

 弁護士としてたばこ問題に取り組み、今回の条例案作りを進めた岡本光樹都議は「受動喫煙を子どもが自分で避けるのは困難。児童虐待と共通性がある問題だ」と指摘する。

  新条例は、子どもに受動喫煙をさせないよう努めることを「都民の責務」とうたう。たばこを吸おうとする人に対し、「子どもと同室の空間」「子どもが同乗している自動車」で喫煙しないこと、「公園や広場」「学校周辺や小児医療施設周辺」で子どもの受動喫煙を防止することなどを求めている。

 保護者には、家庭内外での子どもの受動喫煙防止を要請。家族ドライブ中に車内でたばこを吸ったり、分煙が進んでいない飲食店などの店舗・施設に子どもを連れて行ったりするのも駄目、ということだ。

 私的な空間で禁煙の努力義務を課す条例は全国で初めて。都議会の議論では、「法が家庭の問題に立ち入るのは慎重に」と反対意見が出たものの、賛成多数で可決した。岡本都議は「罰則付きではないが、まずは啓発が進んでほしい」と期待する。

 子どもにとって、受動喫煙リスクは将来の健康問題だけにとどまらない。先の厚労省研究班の推計によれば、受動喫煙(胎児期の親の喫煙を含む)が原因となった乳幼児突然死症候群(SID)の死者も年間73人ほどいると考えられており、親は妊娠中からたばこの影響への注意が必要だ。「喫煙者のいる家庭で受動喫煙した乳児の尿から、ニコチンが検出されたという研究報告もある」と村松院長。

 煙の中にはアレルギーを誘発する物質も入っているため、子どもはぜんそくにもなりやすくなる。また、唾液の成分が変化して虫歯になりやすくなる、耳管の働きが悪くなって中耳炎にかかりやすくなる、といった思いもよらないリスクも疑われているという。受動喫煙がなくなれば、こうした子どもの病気が減る可能性は十分にある。

 ◇加熱式たばこも新条例の規制対象

 そもそも、喫煙者本人がフィルターを通して吸うたばこの煙(主流煙)よりも、火の付いた先端から立ち上る副流煙の方が有害だと、専門家は指摘している。

禁煙治療セミナーで講演する村松弘康・中央内科クリニック院長
 喫煙者が煙をぐっと吸い込む時、たばこの先端は酸素の燃焼によって赤くなり、温度が約900度に達するため、発がん物質も分解される。ところが、それ以外の時の先端温度は300~400度程度で、燃え残った発がん物質も煙に含まれているという。

 喫煙者が吐く息はどうか。「よく、キッチンの換気扇の下やベランダで吸って部屋に戻ってくる父親がいるが、たばこ臭い。レーザー光を当てると、肺に入った煙の粒子を3分から5分程度、口から吐き出しているのが見える。揮発性のある発がん・有害物質はその後も出ている」と村松院長。

 最近は、カーテンやカーペットなどに付着した煙の成分が再びまき上がることによる「3次喫煙」も問題視される。「わずかな煙の成分にも反応するぜんそくの患者は、さまざまな受動喫煙に苦しんでいることを、ぜひ分かってほしい」と同院長は訴える。

 最近増えている加熱式たばこの有害性はどうか。紙巻きたばことは異なり、デバイスを使って電気で葉を加熱し、発生する蒸気を楽しむ、といった新しいタイプのたばこで、火を使わないために煙や灰が出ないのが特徴だが、都の新条例は子どもの受動喫煙防止の対象に含めている。

 たばこ会社は、加熱式たばこから出る有害物質は大幅に減っていると強調するが、ニコチンは含まれている。他にも、成分によっては紙巻きたばこと大差ない量の有害物質を含んでいるとの海外の研究報告もあり、健康への影響に関する調査・研究の進展が待たれている。

 村松院長は、加熱式たばこを吸った人が吐き出す息に、目に見えない粒子が含まれている様子をレーザー光実験で示し、「それが一瞬で2メートル離れた人に届いている。受動喫煙がなくなることはありえない」と話す。

 ニコチンの依存性を考え合わせると、加熱式たばこを「禁煙の道具」として扱うことにも疑問符が付く。健康リスクを確実に軽減させる方法はやはり、たばこそのものをやめる禁煙。そして、受動喫煙の防止になりそうだ。

 ◇禁煙治療が後押しする「卒煙」

セミナーで禁煙治療の実情を紹介する村田千里医師
 子どものために禁煙しようと思ったら、思い切って病院の禁煙外来などで治療を受けるのも一つの手。習慣的なヘビースモーカーは、ニコチン依存症という病気だ。野村総合研究所産業医で禁煙治療に取り組む村田千里医師は、「患者には『やめたい、でも吸いたい』『分かっちゃいるけどやめられない』という気持ちがある」と話す。

 ニコチン依存症になると、体内のニコチン血中濃度の推移に、気分が大きく左右される。血中濃度が下がるとイライラし、たばこを吸う。そうして血中濃度が上がると、脳内のドーパミンという神経伝達物質が増えて、満足感や覚醒感などを得られる。その繰り返しだ。

 標準的な禁煙治療では、患者は3カ月に5回診察を受ける。ニコチン依存症の判定テストが5点以上、1日の平均喫煙本数×年数が200以上(35歳以上のみ)といった条件をクリアすれば、年1回に限って保険適用による治療がスタートする。費用は保険による自己負担額が3割の患者で1日当たり約230円だ。

 禁煙補助薬は3種類あり、医師が処方する場合は患者に応じて決める。上腕などの皮膚に1日1回、8週間貼るニコチンパッチは、ニコチンをある程度体内に取り入れることによって、禁煙による禁断症状を抑える。その点はニコチンガムも同様だ。ともに一般用医薬品(OTC)としても市販されている。

 飲み薬のバレニクリンは、脳内のニコチン受容体と結合してニコチンの作用を遮断し、ドーパミンの放出を抑制する効果がある。服用は1日2回、12週間続けることが必要だ。患者はたばこがおいしく感じなくなるといい、当初はたばこを吸いながらの服用でよい。

 患者には「たばこを吸うとほっとする」「口がさみしい」といった心理的な依存もある。村田医師は診療の面談では、「1本も吸っては駄目」といった指示・命令や非難を避け、「娘が『パパくさくない!』と言ってくれた」「カラオケで声が通るようになった」などといった「禁煙できている、続けたい」言葉に注目し、禁煙を頑張りたい気持ちを支えるよう努めているという。

 日本のたばこ対策は国際的な規制の流れからは大きく遅れている。国は20年の東京五輪・パラリンピックなどをにらみ、飲食店などの屋内を原則禁煙として罰則を設ける健康増進法改正を検討しているものの、足踏み状態。だが、東京都の新条例は先行指標になりそうで、「卒煙」を考えるなら、良いきっかけになるかもしれない。(水口郁雄)


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