医学トップの視座

「チーム医療」の先駆者
今も生きる建学の精神-岩手医大

創立者の三田俊次郎が筆写した明治初期の医学テキスト

 岩手医科大学の歴史は私立岩手病院に医学講習所が開設された1897年までさかのぼる。この時に看護婦養成所と助産婦の学校を併設しており、祖父江憲治学長は、医師や看護婦、薬剤師らが協力して治療するチーム医療の「先鞭(せんべん)をつけた」と強調する。現在は医学部に加え、薬学部、歯学部、看護学部の学生が学部の垣根のない教育環境で学んでいる。創立時に始まったとも言えるチーム医療の新たな土台づくりを実践している岩手医大の祖父江学長に建学の精神や医学生への期待などを聞いた。

 ◇途絶えた医師養成

 岩手医大を創立した三田俊次郎は、明治初期に一時期つくられた岩手県立の医学校を卒業して医師となり、その後、東京帝国大学に学んだ。そうした各県にあった医学校は1887年に明治政府が行った医制改革で、そのほとんどが廃止されており、岩手でも医師養成が途絶えた。

 こうした中で失明につながるトラコーマが大流行し、治療に当たっていた三田は北東北の医療の貧しさを実感。医者だけでは医療が成り立たないとして、看護婦養成所と助産婦の学校も同時につくった。戦後の教育改革に伴って1947年に岩手医科大学となったが、1897年に4校あった私立の医学校で今も残るのは岩手医大と東京慈恵会医科大学のみだ。

 看護学校などを併設した創立者の意志は、別な形で医療教育の拡充につながっていく。岩手医大は戦前から戦後の一時期まで単科の医大として運営されてきたが、1965年に東北大学と共に東北・北海道で初の歯学部、2007年に薬学部、17年に看護学部を開設した。

 ◇それぞれの立ち位置

インタビューに応える祖父江憲治学長

 医学と歯学、薬学、看護の4学部は一つのキャンパスに集められており、祖父江学長は「全学部の学生が顔の見える環境にある。医学部、薬学部など4学部にそれぞれの校舎はなく、同じ校舎で皆が学んでいる」と指摘。4学部の学生が同じキャンパス、同じ校舎で学ぶというユニークな医学系の総合大学だ。

 「北東北の地域医療は本学の根幹。医療教育のベースはチーム医療だ」-。校舎が同じというだけでなく、岩手医大はチーム医療の土台づくりの一環として4学部が連携した授業を早い段階から実施している。1年目は、4学部の学生が小グループをつくり、与えられたテーマについて議論、発表する。「学生に学部のアイデンティティーを持たせ、4学部それぞれの立ち位置のコミュニケーションを体験させる」のが狙い。

 ◇卒業生の半数は県内に

 3年生になるとテーマを専門化させ、より高いレベルでチーム医療の基盤づくりを行う。最終学年の6年になった段階では、17年開設の看護学部を除く3学部の学生がテーマとして与えられた病気に関して、(1)医学部=医師として診断・治療方針をどう立てるか(2)薬学部=薬を含めて患者にどうアプローチするか(3)歯学部=歯科医師としてどう対応するか-について小グループで議論。3学部の学生の前でプレゼンテーションする。こうした授業は「ある面で学部間の競争になる。これを行うと学生は大きく伸びる」のだという。

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