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細菌やウイルスには、誰もが「恐ろしい病原体だ」というイメージを持っているでしょう。しかし、実は医学の歴史上、このイメージは非常に「新しい」ものです。なぜなら、微生物が病気の原因になること自体、19世紀後半まで知られていなかったからです。
結核菌、炭疽菌、コレラ菌などを発見したのがドイツの医師ロベルト・コッホ【時事通信社】
19世紀より前の人々にとって、「目に見えない生物が体の中に入り込んで増殖し、これが病気を引き起こす」などという理屈は、いかにも荒唐無稽に思えたことでしょう。
今の私たちにとっての「常識」は、偉大な研究者たちの血のにじむような努力によって築かれたものなのです。
◆流行する病気は原因不明だった
昔から、流行する病の存在そのものは、広く知られていました。しかし、その原因は長らく分かっておらず、「体液の乱れ」や、「瘴気(しょうき)」と呼ばれる有毒な空気が原因と考えられていました。
例えば、中世ヨーロッパでたびたび大流行を引き起こした、ペストという病気があります。今は、ペスト菌が原因の細菌感染症であることが知られていますが、当時はもちろん、そのような発想すらありません。
医師たちは患者さんを診療する際、「ペストマスク」というマスクを着用したことが知られています。このマスクの口元には、奇妙なクチバシがついていて、医師たちはクチバシの中に香料などをぎっしり詰めていました。外界から「瘴気」を吸い込むのを防ぐためでした。
また、マラリアは、イタリア語の「悪い空気(マル・アリア)」が語源です。有毒な空気が流行病の原因とされた瘴気説の名残でしょう。
もちろん、マラリアも今では、マラリア原虫という微生物が原因であることが分かっています。
◆コッホの偉業
19世紀後半に、細菌が病気の原因になることを初めて示したのは、ドイツの医師ロベルト・コッホです。コッホは、日常診療の合間に研究を続け、炭疽(たんそ)菌や結核菌、コレラ菌といった細菌を発見しました。
目に見えない微生物の存在自体は、16世紀以降の顕微鏡の発明によって徐々に知られました。しかし、体内に細菌が発見されたとしても、それが「病気の原因になる」という発想には、誰もがなかなかたどり着けませんでした。
病気が起こった部位に細菌が発見されても、それが「原因」なのか、「結果」なのかは分からないからです。
コッホは、寒天を使って固めた培地(固形培地)を発明し、特定の細菌のみを増やして育てることに成功しました。そうすることで、細菌を動物に投与して特定の病気を引き起こすことを、自分の目で確認できたのです。
コッホの見出した感染症の原理は「コッホの4原則」と呼ばれています。
つまり、ある微生物が病気の原因だとするためには、①その病気にかかった個体で特定の微生物が見出され、②その微生物が培養でき、③その微生物を使って同じ病気を引き起こせて、かつ、④感染させた個体から再び同じ微生物が得られることが条件だ、としたのです。
今では必ずしも、この原理が当てはまらない感染症もありますが、このコッホの原則は間違いなく、その後の医学を大きく前進させました。そして1905年、コッホはノーベル生理学・医学賞を受賞し、その名を世に残すことになったのです。
外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。著書に『医者が教える正しい病院のかかり方(幻冬舎)』など多数。当サイト連載『教えて!けいゆう先生』をもとに大幅加筆・再編集した新著は『患者の心得ー高齢者とその家族が病院に行く前に知っておくこと(時事通信社)』。
(2021/03/16 07:24)
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