教えて!けいゆう先生

自覚症状のない病気
自分では気付けない体の異変(外科医・山本健人)

 ずいぶん昔の話です。あるエッセーか何かで、印象深いストーリーを見つけました。

 そこには、健康に全く無頓着で、ヘビースモーカーの大酒飲み、病院も医者も嫌いで、「健康診断など不要」という考えの持ち主が登場します。口癖は「自分の体は自分が一番よく分かっている」で、そのたくましい生き方で周囲から尊敬されています。

ちょっと待って! 自分では気づけない病気はたくさんあります

ちょっと待って! 自分では気づけない病気はたくさんあります

 私は医師ですから、こうした話を聞くと心に小さな痛みが走ります。

 もちろん、生き方は人それぞれですから、個人の死生観に医療が介入する権利はないでしょう。ただし、健康に気を使った方が、長く生きられる可能性が高まるのは事実です。例えば、喫煙者は非喫煙者より寿命が8~10年短い、という話はよく知られています(1)。このような情報提供はきちんとなされる必要があるでしょう。

 さて、それはともかく、私が気になったのは「自分の体は自分が一番よく分かっている」という言葉です。実は、似たようなセリフを何度も聞いたことがあるからです。

 本当に、自分の体のことを一番よく分かるのは「自分」でしょうか?

 実はそうとも限らないのです。

 ◇自分で自分の異変に気付けるのか?

 実は、体の中に命を脅かすような病気があるのに、その存在が自分には分からない、という例はたくさんあります。

 例えば、がんはその代表例でしょう。

 大腸がん胃がん肺がんは今のわが国にとても多いがんです。これらは、初期の段階では自覚症状がほとんどありません。一方、自分で気付ける段階、すなわち自覚症状が現れてから見つかったケースは、比較的進行していることが多いという特徴もあります。

 例えば、大腸がんの患者さんで、症状がない段階で見つかった方と、自覚症状が現れてから見つかった方を比較すると、5年生存率(5年後に生きている割合)に30%も差があるというデータがあります(2)。

 当然の話ですが、たとえ自分の体に起こった異変でも、気付けるのは「自覚症状が現れてから」です。自覚症状がない段階で病気を見つけられるのは「自分」ではありません。そこで、医療をうまく利用することが大切になるのです。

 肺がん胃がん大腸がん乳がん、子宮頸(けい)がんは、市町村が行う対策型がん検診の対象です。検診を受けた人の方が、受けなかった人より死亡率が低いことが証明されているからです。

 ◇自覚症状のない病気はむしろ多い

 自覚症状のない病気は、他にもたくさんあります。

 糖尿病高血圧、脂質異常症などの生活習慣病は、よほど重度のものでない限り、それ自体に症状はありません。血糖値やコレステロール値は、採血しない限り自分では気付けません。

 ところが、これらは徐々に体をむしばみ、長い経過でさまざまな病気を引き起こします。将来、心疾患や脳卒中、腎臓や肝臓など、さまざまな臓器に不具合を引き起こし、致命的になってしまうのです。

 また、自覚症状は軽いのに、診察を受けると重度の病気であることが分かるケースもあります。病気の重症度と、症状の強さは必ずしも比例しないからです。

 健康に関して言えば、自分の感覚は意外に当てになりません。

 「自分が一番よく分かっている」と思うより、「自分では分からないことが多い」と思っておく方が、安全に自分の体をマネジメントできるのではないでしょうか。(了)

 (1) Sakata R, et al. BMJ. 2012; 345: e7093

 (2) Dis Colon Rectum. 1996 Oct;39(10):1130-5.


山本健人氏

山本健人氏

 ◇山本 健人(やまもと・たけひと)氏

 2010年、京都大学医学部卒業。複数の市中病院勤務を経て、現在京都大学大学院医学研究科博士課程、消化管外科。Yahoo!ニュース個人オーサー。「外科医けいゆう」のペンネームで医療情報サイト「外科医の視点」を運営し、開設2年で800万PV超を記録。全国各地でボランティア講演なども精力的に行っている。

 外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。著書に『医者が教える正しい病院のかかり方(幻冬舎)』など多数。当サイト連載『教えて!けいゆう先生』をもとに大幅加筆・再編集した新著は『患者の心得ー高齢者とその家族が病院に行く前に知っておくこと(時事通信社)』。

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