一流に学ぶ 減量手術のパイオニア―笠間和典医師

(第1回)
進学はいつも「成績ギリギリ」
1浪で群馬大医学部へ



 笠間和典氏は1965年、前橋市で自動車のセールスマンの父、専業主婦の母の長男として生まれた。幼稚園から中学校まで群馬大学付属の幼稚園・学校に通った。

  「決して裕福な家ではなかったけど、両親が教育重要と考えてくれて、三つ上の姉も小学校から群馬大付属に通っていました。とてもいい環境で教育を受ける機会を与えてくれて、両親にはすごく感謝しています」

  読書が好きな比較的おとなしい子どもだった。家にあった世界名作全集を繰り返し読んだ。特に好きだったのは「水滸伝」と「西遊記」。物語に出てくる豪傑たちや冒険旅行のエピソードがお気に入りだった。小学1年の文集には、将来の夢は漫画家と書いていた。

  「ところが、小学5年の文集にはブラック・ジャックのようになるって書いていたんです。決して勉強ができたわけではなかったですが、少年漫画誌の連載を毎回心待ちにして読むうち、いつの間にか憧れていたんですね」

中学に入ると今度はブルース・リーに憧れて格闘技に興味を持った。父親が地域で剣道を教えていたが、あえて同じ道は選ばず、柔道部に入った。「どんなにうまくなっても『笠間先生の息子だから』と言われるし、うまくなかったら『笠間先生の息子なのに』と言われると思ったので」

読書が好きな比較的おとなしい子どもだった
高校は地元の名門校、県立前橋高校に進学した。「親から何かしろと干渉を受けたことはなかったけど、周りがいい友達ばかりだったので、勉強普通にっていただけなんです。付属中学は同じ学年の半数くらいが前橋高校に行くんですよ。でも成績は本当にぎりぎりでしたね」

 高校では運動部に入らず、ロックバンドでドラムをたたいた。洋楽に夢中になり、英語の歌詞に親しんだことが、後の人生で羽ばたくベースにもなった。

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