一流に学ぶ 減量手術のパイオニア―笠間和典医師

(第12回)
「人のことは悪く言わない」
続く「格闘」の日々、家族と友人を大切に

「50歳を過ぎたら、もう当直して寝ないで仕事という生活は厳しいです」と話す笠間和典氏の日常はきわめて健康的だ。

午前6時半に起床、7時に家を出て8時すぎに四谷メディカルキューブに到着。入院患者の回診のあと、外来で診察に当たったり、手術をしたりして、午後6時から7時には診療所を出る。学会や講演会などがなければ、ウエートトレーニングかキックボクシングの練習に行き、夕食はほとんど家で食べて、夜中の0時に床に就く。

「救急医療の仕事で働いていた頃は、2週間ずっと家に帰れなかったり、病院に泊まり込んだりするような生活でしたが、一生続けるのはさすがに無理。患者さんのために自分の人生を犠牲にする先生も多くいらっしゃいますが、ある程度の年齢になったら、自分の時間を持てるようなシステムにしないと、外科医を目指す若者が減る一方です」

外科医の数が減れば、必要な手術を受けられない人が増えてくる。医師自身の生活の質を高めることが、結果的に患者の命を救うことにつながると信じる。

元歯科衛生士の妻との間に3人の息子がいる。「医者になれとは言いませんでした。決して簡単な道ではないから、本当になりたい人だけがなればいいと思いますよ。責任が重いですから」

長男は大学卒業と同時に、プロの漫画家になった。「少年ジャンプ+(プラス)」に笠間三四郎の名で原作者として初連載を果たし、コミックが発売された。笠間氏自身、小学校1年のときに漫画家志望だったこともあり、息子の活躍がうれしくて仕方がない様子だ。次男は幹部自衛官を目指す防衛大学校生。三男は高校生。それぞれの道を歩んでいる。

「家のことはすべて妻がやってくれて、ものすごく感謝しています。うちの家族は、よく話をしますし、よく笑う。息子たちもすごく仲がいい。みんなの都合が合えば、いまだに家族全員で旅行に行きます」

  家族とともに、友人を大切にすることも心掛けてきた。仕事の上でも国内外の友人たちはかけがえのない存在だ。
 「減量手術を始めたばかりの頃、困ったときに海外の友達に連絡すると、地球の反対側であっても瞬時に『こうした方がいいよ』と教えてくれました。大学の医局に属していない僕が、日本でも評価していただけるようになったのも、世界中にいる友人たちが支えてくれたおかげと感謝しています」

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