こちら診察室 アルコール依存症の真実

「酒ファースト」 第31回

 ◇母親の異変

 母親は店番をしながら男性の食事も作った。しかし、料理を食べずに酒ばかり飲む息子に愛想が尽きようとしていた。

 しかも、仕入れに母親の預金を充てるようになっていた。市場での借金がかさみ、現金取引を要求されたからだ。

 母親は何とか酒をやめさせようと、あの手この手を尽くしたが、すべては無駄な努力に終わった。男性はとうとう、母親に暴力を振るうようになる。

 その頃から母親に異変が表れ始めた。

 「家の中をうろうろと歩き回るようになったのです」

 母親は50代だった。早期認知症だったのだろうか。それとも、他の精神疾患なのか。男性は、そんな母親を病院にも連れて行かずに放置し、一日中酒を飲みながら母親の預金を引き出して仕入れを行っていた。

 ◇きょうだいの怒り

 母親の惨状をどこで知ったのか、ある日突然、姉と弟がやって来た。開口一番、弟が言った。

 「母さんを殺す気か!」

 母親の預金を使い込んだことも発覚した。弟は語気を強めた。

 「お酒をやめないと、この店をつぶすよ」

 姉は「今すぐ、入院するかどうか決めなさい」と迫り、弟が「入院しなければ、本当につぶすよ」と続けた。

 男性は泣きながら「入院するよ、酒はやめるよ」と言った。

 姉と弟は男性の精神科への入院を見届けて、母親を郷里に連れ帰った。男性は3カ月後に退院。病院の正門すぐ近くの酒の自動販売機に、ちゅうちょせずに金を投入した。(了)

 佐賀由彦(さが・よしひこ)
 ジャーナリスト
 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場(施設・在宅)を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。アルコール依存症当事者へのインタビューも数多い。

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