緩和ケアはがん領域を中心に発展してきたが、世界保健機関(WHO)の報告によると緩和ケアを必要とする人の約70%はがん以外の慢性疾患患者とされる。高齢化に伴い緩和ケアを必要とする人は今後も増加が見込まれるが、非がん患者における在宅緩和ケアのニーズに関する詳細な報告は少ない。筑波大学医学医療系講師の濵野淳氏らは、在宅緩和ケアを開始した非がん患者が困っている症状(苦痛症状)について、1年間の変化および関連因子などを検討する多施設共同前向きコホート研究を実施。結果をJ Prim Care Community Health(2023; 14: 21501319231221431)に報告した。
65歳以上の非がん患者785例が対象
WHOは、非がん患者に対して質の高い緩和ケアを提供する必要があるとし、緩和ケアの普及・啓発を推奨している。日本でも高齢化の進展や心不全患者の増加を受け、緩和ケアのニーズが高まっている。しかし、緩和ケアに関する従来の研究は主にがん患者を対象としており、非がん高齢患者において頻度が高い苦痛症状などの詳細は明らかでない。
そこで濵野氏らは、非がん高齢患者が困っている苦痛症状や関連因子について検討するコホート研究を実施した。対象は、2020年1~12月に研究参加32施設で在宅緩和ケアを開始した65歳以上の非がん患者785例(平均年齢86.1±8.0歳、男性305例)。12カ月後または死亡、入院、ケアホームへの入所などによる在宅ケアの中止まで追跡し、3カ月ごとに苦痛症状の種類と頻度、利用したサービスなどを記録した。
苦痛症状は、①痛み、②息切れ、③だるさ、④嘔気、⑤嘔吐、⑥食欲不振、⑦便秘、⑧口の渇き、⑨眠気、⑩体の動かしにくさ、⑪穏やかな気持ちではない―について、Integrated Palliative Care Outcome Scale(IPOS)を用いて評価した。
対象の主な背景は、家族と同居が476例(60.6%)、疾患は認知症が235例(29.9%)と最多で、心血管疾患が111例(14.1%)、脳血管疾患が91例(11.6%)、筋骨格系疾患が87例(11.1%)、呼吸器疾患が85例(10.8%)、神経疾患が56例(7.1%)などだった。病期は423例(53.9%)が安定しており、利用したサービスの種類は訪問看護が465例(59.2%)、訪問介護が278例(35.4%)だった。
苦痛症状の上位は体の動かしにくさ、だるさ
ベースライン時の苦痛症状としては、体の動かしにくさが438例(55.8%)で最も多く、だるさの181例(23.1%)、食欲不振の160例(20.4%)が続いた。
3カ月時(553例)、6カ月時(441例)、9カ月時(370例)でも、一貫して体の動かしにくさ(順に46.3%、45.1%、42.7%)が最も多く、だるさ(同15.2%、13.6%、11.8%)、痛み(同13.2%、11.8%、11.9%)が続いた。12カ月時(317例)の上位3位は体の動かしにくさ(41.0%)、だるさ(13.9%)、便秘(10.4%)でほぼ変動がなかった(図)。
図.非がん患者の苦痛症状の経時的変化
(筑波大学プレスリリースを基に編集部作成)
食欲不振、口の渇きはケア開始後に減少
苦痛症状に関連する因子について、年齢、性、在宅緩和ケアを要する慢性疾患、家族との同居、訪問看護の利用などを説明変数として多変量ロジスティック回帰分析を行った結果、ベースライン時の痛みと女性〔オッズ比(OR)1.89、95%CI 1.11~3.15、P=0.015〕、筋骨格系疾患(同2.69、1.34~5.38、P=0.005)が正の相関を示し、認知症は負の相関を示した(同0.47、0.23~0.96、P=0.038)。また、息切れと心血管疾患および呼吸器疾患が正の相関を示し(それぞれ同3.08、1.24~7.68、P=0.016、5.71、2.14~15.22、P=0.001)、認知症は負の相関を示した(同0.14、0.03~0.69、P=0.016)。食欲不振および体の動かしにくさとは訪問看護の利用が正の相関を示した(それぞれ同2.20、1.46~3.32、1.85、1.33~2.25、全てP<0.001)。
3カ月時の便秘および体の動かしにくさと神経疾患が正の相関を示し(それぞれOR 3.75、1.02~13.84、P=0.047、同3.04、1.32~7.02、P=0.009)、痛み、体の動かしにくさ、穏やかな気持ちではないこととは筋骨格系疾患が正の相関を示した(それぞれ同2.31、1.06~5.04、P=0.035、2.22、1.12~4.40、P=0.023、5.10、1.26~20.64、P=0.022)。
以上の結果について、濵野氏らは「在宅緩和ケアを受ける非がん患者において、苦痛症状の順位に経時的な変化は見られなかったものの、関連する因子との相関は減弱した。また体の動かしにくさ、だるさなど難治性の症状が存在する一方で、食欲不振、口の渇きは経時的に軽減し、がん患者で多い痛みや息切れの頻度は高くないという特徴も明らかになった」と結論。「今後は難治性の苦痛症状を解消するために、理学療法、嚥下障害リハビリテーションなどを取り入れた集学的な在宅緩和ケア戦略の開発が求められる」と展望している。
(服部美咲)