「医」の最前線 新専門医制度について考える

信頼できる精神科専門医をどう選ぶか
~病院不信とクリニック乱立の時代~ 第11回

 日本の精神疾患患者数は約 420 万人、外来患者は15年前の1.7倍に増えた。特に増加が顕著なのは高齢者の認知症で7.3倍。うつ病、ストレス関連障害も2倍となっている。気軽に受診できるメンタルクリニックを利用する人が急増する中、診断ミスや誤った治療により重症化や長期化する例も少なくないという。日本専門医機構理事として、新専門医制度の立ち上げ・運営に中心的な役割を担う、日本精神科病院協会副会長森隆夫医師に精神科医療の課題や正しい受診方法を聞いた。

図表1:精神疾患を有する総患者数の推移

図表1:精神疾患を有する総患者数の推移

 ◇精神科病床、入院日数が世界一?

 (森医師) 近年、精神科医療は人権擁護の声が高まり、長期間にわたることが多かった入院治療から、地域での生活の中で療養する「地域移行」が世界的な潮流となっています。昨今、「日本の精神科病床数、入院平均日数が世界一」といったネガティブな報道が人権侵害と結び付けて紙面をにぎわしています。現代のストレス社会ではメンタルヘルスが重要視され、高齢化社会で認知症の患者さんが急増している中で、精神科医療に対しての不信感が広がっているとしたら大変残念なことです。

 ◇政策を方向転換しづらい国内事情

 日本が精神科病床を増やしていった経緯は、第2次世界大戦後、欧米の精神衛生の考えが導入され、1950年に精神障害者の医療および保護を目的とした精神衛生法の成立から始まります。多くの国民が精神科医療を受けられるようになったことで病床が著しく不足し、それを補うために国は必要な病床の目標値を35万床と試算して、民間の精神科病院の建設を誘導しました。

 欧米では60年代から脱施設化の流れとなりましたが、当時の日本は一度決めた政策を簡単に方向転換することが難しく、目標の病床数である35万床を達成した99年をピークにようやく減少に転じるように政策転換しました。経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で病床数が突出して多くなっているのにはそういった事情があります。さらに海外の精神科は大半が公立病院のため、病床を減らすことで赤字病院が減少するなど調整がしやすかったのも病床削減を加速しました。

図表2:人口当たり精神病床数(OECD)

図表2:人口当たり精神病床数(OECD)

 ◇入院日数は単純比較できない

 日本の入院平均日数が諸外国と比較して多いのは、国によって入院平均日数の公表方法が違うからです。例えば、1カ月以内で退院した患者数を出しているところもあれば、3カ月以内というところもあります。日本の場合は10年、20年単位の長期入院の患者さんを全て含めて計算していますので、日本の値だけが突出して多くなってしまうのです。各国の事情を考慮しても、医療の質にそれほど大きな違いはないと思われます。これについては世界保健機関(WHO)も理解しており、OECDの資料には「値の出し方が違うので単純に比較しないように」との注意書きが記されています。現在、日本でも入院治療から「地域移行」を進めており、受け入れ先の決まった患者さんには早期に地域生活を営むことができるようサポート体制を整備しているところです。

 ◇専門医資格を持たないメンタルクリニックも

 精神科病院での受診を避け、気軽に受診できるメンタルクリニックを利用する患者さんは増え続けています。「体調が優れない」「疲れやすい」「少し眠れない」といった軽度な症状であれば、それでも良いのですが「落ち込みがひどい」「死にたい」などの重度なうつ病や統合失調症の患者さんは精神科病院での入院治療が必要な場合があります。不適切な診断や治療は、かえって悪化したり長期化したりする危険があります。

 精神科には日本専門医機構が認定する「精神科専門医」と厚生労働省が指定する「精神保健指定医」という二つの主要な資格があります。「精神科専門医」は2年間の医師臨床研修後に、3年以上の専門研修を受け、専門医試験をパスすることで取得できます。「精神保健指定医」は精神科医療において、本人の意思によらない入院や一定の行動制限を行うなどの権限を持っている医師です。2022年4月の診療報酬の改定で「精神保健指定医」に報酬が加算されることになりました。どちらも資格を取得するためには実務経験による症例数、法律や倫理などに関する研修やリポート提出、試験や口頭試問が求められます。合格率は決して高くはなく、その後、5年ごとに更新申請を行います。こうした資格の取得は義務ではありません。近年、このような精神科医としてのトレーニングを受けずに医療機器の投資が少ないメンタルクリニックを安易に開業する医師が増え、20年前の2倍超とクリニックは乱立状態になっています。

図表3:種類別障害者数(精神障害者・外来)

図表3:種類別障害者数(精神障害者・外来)

 ◇地域医療連携が機能していない

 一般診療科であれば、最初に地域のクリニックを受診し、手術や入院あるいは高度な検査が必要だと思われる重度な患者さんは、病院に紹介する地域医療連携が社会システムとして機能するようになってきました。けれども精神科の場合は、メンタルクリニックが地域の医師会などに加入していないことも多く、ほとんどの地域ではメンタルクリニックと精神科病院との連携が行われていません。つまり、地域で患者さんを紹介し合うということが行われておらず、メンタルクリニックは手に負えないと思った患者さんでも病院に紹介しないで抱え込んでしまっていることも少なくないのです。最初に精神科病院などの病院を受診し、軽度であると診断され、患者さんが希望する場合は、病院から信頼のおける地域のクリニックを紹介してもらって受診するといった考え方のほうがむしろ安全だと思います。

 ◇入院治療は悪いことばかりではない

 入院治療は全身の状態を確認しながら薬を調整できるので、症状を短期間で抑えることが可能になります。さらに外部の余計な刺激を遮断することで、しっかりと休養を取ることができます。収容施設のようなイメージが先行していますが、病棟内は自由ですし、どの病院でも病棟に設置してある電話の前には「人権侵害があった場合は、ここに電話してください」などというステッカーが貼ってあり、患者さんがいつでも外部と連絡が取れるようになっています。アメリカでは、早期に退院した統合失調症の患者さんの寿命が10年近く短くなったというデータがあります。患者さんの中には退院後の受け入れ先がなく、入院の長期化につながっているケースもありますが、最近では非常にまれなケースです。そのような場合でも、病院では常に体調管理を行っていますので、予防や治療においては安心できるというメリットもあります。

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