Dr.純子のメディカルサロン
新型コロナ感染拡大のストレスを乗り切るために
~AIを使った新しいツールの活用を目指す~ 大野裕・認知行動療法研修開発センター理事長に聞く
大野 現在は、コロナウイルス感染症のために、在宅で仕事をしている人が増えています。
在宅勤務は、「痛勤」と表現されることもある通勤の苦痛からは解放されて良い半面、職場の人間関係から切り離されることで、ストレスを感じている人も増えてきています。
「こころコンディショナー」は、そうした人たちが心を整え、精神的に健康に生活していっていただくために役に立つと考え、現在開発中のものを、当面の間、無料で公開させていただくことにしました。
「こころコンディショナー」を利用したい人は、私が代表を務める「ストレスマネジメントネットワーク」(東京・千代田区)のホームページの「パイロット版公開」のコーナーを開いてみてください。
「ストレスマネジメントネットワーク」のホームページにあるAIチャットボット「こころコンディショナー」のバーナー【開発中ウェブサイトより】
また、認知行動療法自体をよくご存じない人は、私が2019年8月に一般向けに行った講演「こころを元気にするステップ」を15分間にまとめた動画もご覧いただけるようにしていますので、同時に参考にしていただければ幸いです。
海原 私は産業医をしていますが、在宅勤務ですと、直接対面での面談ができません。そこで、オンラインミーティングのアプリ「Zoom」などを使用して面談を始めました。面談のご本人はよいのですが、企業の幹部には、まだこうした遠隔面談に抵抗がある人もいます。
今回のように緊急の場合、ネットによる面談も活用できるといいと思いますが、年配の人のネット嫌い、ネットアレルギーはどうしてなのか。また柔軟に対応できる状況にするには、どうすればいいのか、教えてください。
大野 すでにネットを使った遠隔面談をされているというのは、時代を先取りした素晴らしい活動だと思います。これからの社会を考えると、ネットを使った面談は、在宅勤務の人たちや遠隔地で勤務している人たちのために、とても重要になってくるアプローチだと思います。
その一方で、ご指摘のように、ネット嫌い、ネットアレルギーの人が、特に年配を中心にいるのは確かだと思います。
その理由は、私にもよく分からないのですが、ネットになじみがないことが大きいのではないでしょうか。なじみがないために、自信がなく、根拠なく否定しようとする人が多いように思います。
ご質問を聞いて、営業マン向けのネットのプログラムを提供している会社の広告を思い出しました。
経験豊富な営業マンが、若手の社員に、営業は足で稼ぐものだとヒラメ筋(下腿部の後ろ側の筋肉)を見せるのですが、若手社員はネットで素早く営業の成果を上げて、先輩営業マンが驚くという動画です。
ここから先は私の想像ですが、先輩営業マンがすぐにはネット営業のノウハウを身につけることはできないので、やはりヒラメ筋にこだわって、若手にプレッシャーをかけ続けるのではないかと、その動画を見ながら思いました。
経験のある人が、経験を通して身に付いた考え方を変えるのは、かなり勇気がいります。それまでの自分の経験を否定されるように感じるからです。
ですから、遠隔面談も、その価値を分かってもらうのには、時間がかかるのではないでしょうか。そうした中で、ネット面談を広めていくには、対面の面談とネット面談とを両方、並行して行いながら、ネット面談の意義を少しずつ分かってもらうようにするのが良いのではないかと思います。
◆固定観念を変えることも必要な時代
大野 これからの社会は、今回の新型コロナウイルス感染症をきっかけに、在宅勤務が増えると思います。これまでも、在宅勤務で良い仕事がたくさんあったはずですが、「仕事は会社でするもの」という固定観念のために、その価値が評価されないままきていました。
極端な言い方をすると、これまでは、仕事の中身や成果よりも、通勤することが仕事になっていたようにも思えます。
それが、今回、会社に行かなくてもできる仕事が結構あることが分かったと思います。会社に行かない方が、不必要な人間関係の葛藤を抱えずにすんで、仕事がはかどることもあることも分かりました。
それに、会社に行く人が少なくなれば、借りるビルのフロアの賃貸料を節約できる可能性もあります。
外出自粛の要請をきっかけに、これまでとは違ったパラダイムで会社が運営されるようになる可能性が高まった、と私は考えています。
ただ、在宅勤務は良いことばかりではありません。一人で仕事をすることにストレスを感じる人も少なくないからです。
私の知人が勤務している会社も、ある時期、全員、在宅勤務になったそうですが、寂しいからと言って、出社する人がいたそうです。私たちは孤立には弱いのです。
そのような孤立によるストレスを感じたときに、先に紹介をしたチャットボット「こころコンディショナー」を使ったセルフケアや、ネットを使った遠隔面談が役に立つと私は考えています。
そのことを理解してもらうためには、実際のストレスケアを通して、役に立つことを実感してもらうとともに、役に立つという科学的根拠を示す研究を積み重ねていくことが大切だと思います。
海原 新型コロナ感染拡大で不安が高まり、どこに相談していいか、分からないという人の声を聞きます。このAIチャットボットは、不安が高まっている中で、そうした人たちの手助けになってくれると思います。
大野裕(おおの・ゆたか) 一般社団法人・認知行動療法研修開発センター理事長。ストレスマネジメントネットワーク代表。慶応大学医学部卒業後、同大学精神神経学教室に入り、米コーネル大学医学部、米ペンシルベニア大学医学部で学んだ。慶応大学教授を経て国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター長に就任。現在は認知行動療法センター顧問。国際的な学術団体 Academy of Cognitive Therapy の公認スーパーバイザーで、現職では他に日本認知療法・認知行動療法学会、日本ストレス学会、日本ポジティブサイコロジー医学会の理事長を務める。認知行動療法活用サイト「こころのスキルアップトレーニング」を発案・監修。
(2020/04/03 10:40)