特集

クルーズ船の検証は必要不可欠
新型コロナウイルスの脅威の中で過ごした46日間 艦詰日記〜ダイヤモンド・プリンセス号乗船から帰国まで〜⑩・完
元日教組情宣部長 防災士 平沢 保人

時事通信社「厚生福祉」2020年10月13日号の連載「艦詰日記〜ダイヤモンド・プリンセス号乗船から帰国まで」を転載】

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艦詰初日(2020年2月4日)の船内アトリウム。マスクをしている人も少なく、いつものクルーズ船と変わらない

艦詰初日(2020年2月4日)の船内アトリウム。マスクをしている人も少なく、いつものクルーズ船と変わらない

 「艦詰日記」は、帰国直後の3月から書き始めた。執筆時点と現在までタイムラグがあり、執筆後に分かった事実もある。連載は6月から始まったが、乗船当時の記憶と記録を優先したので、それらのことは第9回までに反映されていない。判明した事実をすべて確かめるのは難しいが、どうしても指摘、説明しておきたいことがある。それはクルーズ船内の換気についてだ。最後に、その経緯を記して連載を終える。
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 ◇100%換気は事実か

 私は「艦詰日記」の中で、「船内の空調システムに心配の声を聞くが、100%換気できている」(2月11日)、「CDC(米疾病対策センター)は『空調を通じての船内のウイルス感染はない』」(2月12日)との船内放送があったと記した(本誌7月28日付参照)。

 このことについて疑問が湧いたのは、7月26日のネットニュースを見たからだ。早速、旅行会社を通じてダイヤモンド・プリンセス号の運航会社カーニバル社に問い合わせた。旅行会社には、乗船時大変お世話になったことについて、改めてお礼を述べた上で、次の疑問をぶつけた。長文になるがご辛抱いただきたい。

 私は現在、『厚生福祉』誌にダイヤモンド・プリンセス号乗船の体験記を連載している。その中で、2月11日に「船内の空調は100%換気」との船内案内があった旨を書いたが、朝日新聞のネットニュースに気になる記事があった。

 記事は、ダイヤモンド・プリンセス号の空調システムについて、「客室に入ってくる空気は、外気30%と各客室などから排出された空気70%が混ざったもの」と報じている。記事の基になる2008年3月発行の日本船舶海洋工学会誌『KANRIN(咸臨)』17号の「大型客船の空調システム設計についての紹介」(三菱重工業のダイヤモンド・プリンセス号造船の担当者が執筆)では、外気の取り入れは「キャビン(30%)、公室・階段室(50%)、そして病院・ギャレについては衛生と臭気対策のために100%」が大型客船の設計条件となっているという。

 これによると、100%外気を取り入れる設計になっているのはクルーズ船のごく一部で、船の中で再三放送されていた「客室は100%換気」だから安全との説明とはつじつまが合わない。当然、クルーズ船の運航会社、船長は空調のことを知っていたはずだ。報道が事実であれば、意図的に誤った船内放送をしていたことになり、「客室は100%換気」が事実であれば、朝日新聞が誤報を流したことになる。

 国立感染症研究所は、「ダイヤモンド・プリンセス号環境検査に関する報告」(5月20日)で、「廊下天井換気口から(ウイルスを)検出」「ウイルスが遠方まで浮遊する可能性」について言及している。「客室は100%換気」なら、なぜ空調ダクトからウイルスが見つかるのかという疑問が生じる。

香港で下船の乗客のコロナ感染が報じられるニュースを船室で見る(2020年2月4日夕方)

香港で下船の乗客のコロナ感染が報じられるニュースを船室で見る(2020年2月4日夕方)

 厚生労働省の「ダイヤモンド・プリンセス号現地対策本部報告書」(5月1日)にも気になる記述がある。「船内の感染拡大対策」として、2月5日に「船の空調担当エンジニアより同日には船内の空気の循環を止める対応が行われた」という。このことは船内にいる私たちには知らされていない。クルーズ船の中では下船まで空調システムが稼働していたはずだ。そうでなければ寒くて船内にいられない。では、空気循環を止めた2月5日以降の暖房はどのようにしていたのか。もし、厚労省が「100%換気で安全」と認識していたのであれば、空調システムを止める必要はないはずだ。

 さらに、「日本クルーズ&フェリー学会」(調べてみて初めてこのような学会があることを知った)が、「クルーズ客船の新型コロナウイルス等感染防止についての提言」(4月20日)を出している。「今回の提言はエアロゾル感染と空気感染(の対策)が対象」とした上で、おおむね2010年以降の建造船で主に採用されている独立空調、ファンコイル・ユニットの場合は特段の対策は必要ないが、そうでない場合は対策が必要としている。

 04年建造のダイヤモンド・プリンセス号は、確か14年に大改修が行われており、その際に空調システムの改修も行われたのか。もし、そうでなければ当然、換気対策の必要があるはずだ。クルーズ船の空調システムのことは専門的過ぎるので、私のような素人が判断できるものではないが、朝日新聞の報道が事実なら、CDCの見解にも触れながら「100%換気」なので心配ないと説明した船内放送は誤っていた可能性がある。

 旅行会社として、空調システムに関する私の疑問をクルーズ船運航会社のカーニバル社に問い合わせてもらいたい。朝日新聞の報道が事実でないのであれば、訂正を求めるなど、適切な対応を取って乗客の不安を取り除いてもらいたい。今後もダイヤモンド・プリンセス号のツアーを楽しみにしている一人として、回答をお願いする。

 以上が8月5日、私が旅行会社にぶつけた疑問だ。

私の部屋から向かいの船室(窓の無い内室)が見える。バルコニーのある部屋とは違い、内室の自然換気は全くない(2020年2月8日)

私の部屋から向かいの船室(窓の無い内室)が見える。バルコニーのある部屋とは違い、内室の自然換気は全くない(2020年2月8日)

 ◇木で鼻をくくったような回答

 これに対し、旅行会社から「問い合わせの件については、そのまま運航会社に伝え、運航会社より回答が来次第返事をするが、日にちがかかる」と断りがあり、8月25日に「ダイヤモンド・プリンセスの船内空調について運航会社に問い合わせをいただいた件、このたび回答が来たので案内する。ただ、簡素な回答となっている。誠に恐れ入るがご了承を」という連絡があった。

 そこには、次の英文と日本語の回答が添えられていた。

 The HVAC system on the Diamond during the outbreak was adapted to prevent any re-circulation of air and supply only fresh air to cabins and public spaces.

 検疫期間中のダイヤモンド・プリンセスのHVAC(暖房、換気および空調)システムは、船内における空気の再循環を防ぎ、客室や公共スペースに新鮮な外気のみを供給するよう、調整されていた(補足:外気と船内循環の割合は変えることができ、隔離期間中は外気100%の設定に変更していた、ということ)。

 このように、私の疑問に対してカーニバル社から返ってきたのは木で鼻をくくったような回答で、「官僚答弁」の見本のような、到底真摯(しんし)な対応とは思えない残念なものだった。

 船内放送での案内通り「100%換気」を主張しているが、もし外気100%なら、その間の暖房はどうしていたのか。単純な疑問にも答えていない。

 現在、朝日新聞の記事を書いた記者にこのやりとりを伝え、意見交換、情報交換したいとお願いしている。私も非力ながら引き続き関心を持って調べたいと思う。

2020年2月19日深夜、クルーズ船から羽田空港に向かうバスの中。全員が防護服で、ターミナルによらず直接韓国空軍機へ

2020年2月19日深夜、クルーズ船から羽田空港に向かうバスの中。全員が防護服で、ターミナルによらず直接韓国空軍機へ

 ◇風化させてはならない

 早いもので、1月20日にダイヤモンド・プリンセス号が横浜を出発してから約10カ月。私が3月5日に帰国してから半年が過ぎた。新型コロナの感染は第1波を経て、第2波も最近やや落ち着いたと言われるが、それでも連日数百人の感染が報道されている。クルーズ船で10人の感染が確認され大騒ぎになったのは2月5日。その頃と比べると隔世の感がある。まさか、この間に首相が代わってしまうとは思いもしなかった。

 厚労省の橋本岳副大臣(当時)から手紙を頂いた時、コロナが一段落した暁には検証の機会を設けなければならないが、今は対策に全力を挙げる時だと返事をした。しかし、クルーズ船のことははるか昔、と検証されないまま風化してしまうのではないかと恐れている。

 対応に当たった内閣官房、厚労省、内閣府防災担当、防衛省、自衛隊、神奈川県、横浜市などの政府・自治体関係者、支援に当たったDMAT(災害派遣医療チーム)をはじめとする医療関係者、運航会社のカーニバル社とクルーズ船の船長・船員、船籍国の英国、運航会社のある米国の両政府、乗客の帰国に尽力した各国政府、NEPA(ネパール避難所・防災教育支援の会)などのボランティア団体、海外を含む報道関係者からそれぞれ協力を得て、乗客の証言、当時発信されたツイッター、乗船体験を綴った単行本などの資料も集めた上で、第三者組織による検証がやはり必要不可欠だ。クルーズ船の造船会社・専門家も重要な役割を果たすだろう。

 クルーズ船のツアー再開に向け、旅行会社は「新しいクルーズスタイル」と称して添乗員の体調管理、体温計の所持、マスクの用意、健康アンケートの実施、消毒剤の用意、フィジカルディスタンスへの配慮などの対応策を打ち出し、顧客の不安払しょくに懸命だ。

 しかし、旅行会社の対応だけでなく、クルーズ船の空調システムなど構造上の問題も解決されなければならない。さらに「3密回避」のためには、クルーズ船での1日3度の食事、連日シアターなどで繰り広げられる各種のイベント、フィットネスセンターの運営、さらにユース&ティーン・センターの子ども向けのプログラムなど、運航会社が責任を持って対応しなければならない課題も数多い。

 乗客にも相応の対応が求められる。クルーズ船乗船時には必ず避難訓練が行われるが、ダイヤモンド・プリンセス号の経験による新たな感染症対策マニュアルを整備し、緊急時には乗客がマニュアルに従うことを義務化するのが望ましいのではないだろうか。感染症はコロナだけではない。新型インフルエンザやノロウイルスの感染例はいくつも報告されている。幸い、今回の船内隔離時に勝手に船内から抜け出す乗客はいなかったが、その後、日本各地で病院や隔離用のホテルから「脱出」した患者がいたことを考慮すると、「自粛」「要請」のみでは危うい。

 また、個人的には、ウイルスが多く検出された洗面・シャワースペース用の消毒剤や、消毒効果の高いせっけんを各部屋に配備すべきだと思う。ごみについても、ごみ箱にビニール袋をセットして、回収する乗員が直接ごみに触らないように配慮するほか、ビニール袋ごと消毒するのが望ましい。

 ダイヤモンド・プリンセス号の記憶が風化し、貴重な教訓が無駄にならないよう、「艦詰日記」がいささかでも役に立てば、筆者にとって望外の喜びと言える。(了)

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