教えて!けいゆう先生

「症状が治まった」は治療のおかげ?
~医療行為の効果を証明する難しさ~ 外科医・山本 健人

 こんなエピソードを想像してみてください。

 何かの記念日に、Aさんは美味しい食事とお酒を家族とともに楽しみます。いつも以上にたくさん飲み食いしたせいか、翌日になって、ひどい胃もたれが起きてしまいました。

 みぞおち辺りの重い不快感に悩まされ、何とかすっきりしたいと思ったAさんは、健康情報に強い友人に相談してみます。

 すると、友人は「胃もたれに効くお勧めのサプリメント」を紹介してくれました。聞いたことのない名前のサプリメント。Aさんは少し戸惑いますが、親しい友人を信じて飲んでみることにしました。

このように冷静に考える人は少数派で、「サプリメントのおかげだ」と思い込んでしまう人の方がはるかに多いようです【時事通信社】

 幸いにも、その日の夜には、胃もたれがすっかり良くなってしまいます。Aさんはこう思います。

 「あのサプリメントのおかげだ。これからも胃もたれが起こったときは試してみよう」

 ◆間違った効果の解釈

 医師の立場から見ると、Aさんの解釈には気を付けたい点が二つあります。

 まず一つ目は、「自然に治る病気」に対する治療の効果を証明するのは難しい、という点です。

 冒頭の事例だけでは、「サプリメントを飲んだから胃もたれが治った」のか、「サプリメントを飲んだ後に(自然に)胃もたれが治った」のかの区別はできません。

 単なる胃もたれなら、薬を飲んでも飲まなくても自然に治るからです。

 では、サプリメントのおかげかどうかを知りたければ、どうすればいいでしょうか。

 タイムマシンでもあれば、サプリメントを「飲んだ場合」と「飲まなかった場合」で、治るまでの時間を比較してみればよいでしょう。何度もやってみれば、確証のある答えが得られるかもしれません。

 ところが、SFの世界でもない限り、そういうわけにはいきません。

 そこで行われるのが、臨床試験です。

 例えば、サプリメントを飲んだ500人と、飲まなかった500人で、「症状がなくなるまでの時間」を比較するのです。

 そこに統計学的に明確な差があるなら、ようやく「サプリメントの効果があるかもしれない」と考えることができます。

 もちろん、一つの臨床試験だけで結論を出すわけにはいかないでしょう。あくまで、「科学的な議論を始めるためのスタート地点」に立ったばかりです。

 現在、治療効果が明確に示された薬は、こうした慎重な営みを経たものです。副作用リスクを懸念しながらも、「それ以上の効果」に期待して、誰かの体に化学物質を直接入れるのです。効果の検証を厳密に行わねばならないのは、言うまでもないでしょう。

 ◆「実体験」には説得力がある

 また、自分や、親しい人の身に起こった、「あの薬を飲んだら良くなった」という現象は、恐ろしく大きな説得力を持ちます。

 不思議なことに、たった1人、たった数人の体験談でしかないものが、数百人、数千人の統計学的データより信用できそうに見えるのです。

 身の安全を守るためにも、私たちがこうしたバイアスに陥りやすいことは、知っておいた方がよいでしょう。

 冒頭の事例では、気を付けたい点がもう一つあります。

 それは、「単なる胃もたれではないかもしれない」という可能性です。

 実は、胃がんや胃潰瘍など、治療が必要な病気が隠れていて、自覚症状が一時的に治まっているだけかもしれないからです。

 ところが、「サプリメントが効いた」と信じた人は、同じ症状が起きたときに、きっとそのサプリメントを再び使うでしょう。

 これが、精密検査や治療の遅れにつながるリスクがあるのです。

 治療の効果を示すには、多くの時間と膨大なコストがかかります。

 「投与した後に症状が良くなった」という事例だけで判断を急ぐと、思いもよらぬ落とし穴があるのです。

 (筆者注:ここに書いた「サプリメント」は架空の例です。サプリメントを摂取する行為自体を否定するものではありません)

(了)

 山本 健人(やまもと・たけひと) 医師・医学博士。2010年京都大学医学部卒業。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医、ICD(感染管理医師)など。Yahoo!ニュース個人オーサー。「外科医けいゆう」のペンネームで医療情報サイト「外科医の視点」を運営し、開設3年で1000万PV超。各地で一般向け講演なども精力的に行っている。著書に「医者が教える正しい病院のかかり方」(幻冬舎)、「すばらしい人体 あなたの体をめぐる知的冒険」(ダイヤモンド社)など多数。



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