現代社会にメス~外科医が識者に問う

女性議員が増えない“ありえない”理由
~日本は選挙後進国から脱出できるのか~ ジャーナリスト長野智子さんに聞く(上)

 ◇男性だけではビジネス開拓に限界

 私が「データが導く『失われた時代』からの脱出」(河出書房新社)を出版するきっかけにもなった丸紅の柿木真澄社長は、ジェンダーとは全く関係なく、経営戦略から積極的に女性登用を始めています。2021年に「24年までに新入社員の女性比率を4〜5割にする」と宣言し大改革を行いました。私の父も兄も夫も商社マンなのでよく分かっているのですが、日本の商社は信じられないほど男社会で、体育会系のマッチョな文化が根付いています。

 柿木さんは、従来の同質的な組織では10年後の商社のビジネスを開拓する発想が限界を迎えると考え、違う種類の人材を経営幹部として育てていく方針を打ち出しました。「女性ばかりにげたを履かせず、能力で選べばいいのではないか」という経営幹部の反発に対し、「これまで入社も転勤も昇格も全て男性がげたを履いてきた。能力のある女性にとってあまりにもフェアではない環境だった。能力主義にするなら、まず環境をフェアに整えることから始める必要がある。そのための改革だ」と言って納得させたのです。

 河野 現状がフェアではないということを柿木社長はよく理解されていたのですね。

 長野 日本社会は昭和からの流れの中で、経営陣や意思決定層が男性ばかりだからそのポジションには同じ男性を引き上げる。女性のロールモデルが少ないので人材を育成するためのメンター制度も成立しない。柿木さんは「長期スパンでここから変えていくしかない」と話されていました。この発表により、女子学生のエントリーが増えただけでなく、「そういう先進的な会社で働きたい」という男子学生も同社を志望したことで、全体的に能力の高い学生が採用できたというのです。

河野恵美子医師

河野恵美子医師

 河野 素晴らしい取り組みですね。われわれの業界の話をしますと、学会の「将来構想委員会」のメンバーに女性や若者が1人もいなかったりすることがあります。「将来を考えるのに引退が近い偉い先生たちで議論してどうするのか」と伝えましたが、なかなか聞いていただけないようです。違和感を持たないということ自体が問題だと感じています。

 ◇政治にプライベートを持ち込むな

 長野 以前、体の不自由な子をシングルマザーで育てている県会議員から聞いた話で、夕方5時に「このあと会議だ」と言われ、「6時にお迎えがある」と答えたら、「政治にプライベートを持ち込むな」と怒鳴られたというのです。プライベートな問題を変えていくのが政治のはずなのに、男性にとってはこれが正義なのです。

 医師も昼夜関係なく患者さんと向き合って一生懸命治療するのが正義で、家のことは妻に全て任せる。人口減少の時代に家族の誰かに頼らないと働けないことが当たり前になれば、政治も医療も人手不足で立ち行かなくなることは目に見えています。

 河野 24時間365日戦えない人たちには政治家になる機会が与えられないとしたら、家事育児を主に担っている女性は政治の世界で活躍するのは困難です。かといって女性に手厚く育児支援をするだけでは、女性が重要なポストには就けずにかえって固定的役割分担が進んでしまい、根本的な解決にはなりません。

 ◇見える景色が変わってきた

 長野 ただ、2021年に最初の勉強会を始めた時と今では明らかにフェーズが変わってきています。ジェンダーで女性たちが権利を主張するフェーズから、労働人口の減少が深刻になり、男性経営者もさすがに目を背けるわけにはいかなくなったというところではないでしょうか。コロナ禍明けの23年から少しずつ見える景色が変わってきていて、パラダイムシフトが起きていると言ってもいいかもしれません。


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