2024/12/04 05:00
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かつて、「卵は1日1個まで」が常識だった時代があります。
「日本人の食事摂取基準」2005年版において、厚生労働省が定めたコレステロール摂取量の上限は、成人男性750ミリグラム、成人女性600ミリグラムでした(1)。
卵1個のコレステロールは200~300ミリグラム程度。他の食事から摂取するコレステロールを考慮すれば、卵は1日1個が理想的だろう。そのような発想があったわけです。
しかし、2015年に「日本人の食事摂取基準」が改定されました。
「コレステロールの摂取量は低めに抑えることが好ましいものと考えられるものの、目標量を算定するのに十分な科学的根拠が得られなかったため、目標量の算定は控えた」
鶏卵「1日1個」は昔の話ですが、摂取量と体内のコレステロール値は無関係ではないので、注意が必要です(写真はイメージです)【AFP時事】
このように記され、コレステロール摂取量に関する具体的な記載はなくなりました(2)。研究が進むにつれ、さまざまな知見が集まった結果です。
「卵は1日1個」は昔の話。今度は、そんな言葉もよく聞かれるようになりました。
◇卵は何個でも食べていい?
一方、2020年度に改定された「日本人の食事摂取基準」では、「少なくとも循環器疾患予防(発症予防)の観点からは目標量(上限)を設けるのは難しいと考え、設定しないこととした」と、おおむね以前の記載を引き継いだ一方で、「これは許容されるコレステロール摂取量に上限が存在しないことを保証するものではないことに強く注意すべきである」との記載が加わります(3)。
「数値的な基準(閾値〈いきち〉)を定めるのが難しいこと」と、「数値的な基準が存在しないこと」は、全く異なるからです。
さらに、「脂質異常症の重症化予防の観点からは、1日当たり200ミリグラム未満にとどめることが望ましい」と、限定的な文脈で上限が追加されました。
生活習慣病リスクの高い人においては、コレステロールの摂取を制限することで、LDLコレステロール(いわゆる「悪玉コレステロール」)の低下を期待できるとする知見が重視されたのです(3)。
◇進歩とともに答えも複雑化
医学をはじめ、自然科学の世界では、時を経るにつれて膨大な数の研究結果が次々と現れます。前述の「日本人の食事摂取基準」の根拠となる論文の数も、1000を優に超えています。
一昔前に「正しい」とされてきたことも、さまざまな研究が進むにつれ、その「正しさ」は変化します。研究結果の蓄積によって、科学的な問いに対し、より確度の高い答えを提示できるようになるからです。
学問が未熟な段階では、「問い」も、その「答え」もシンプルです。
「そのくらいのことしか分からない」からです。
しかし、学問が進歩するにつれ、徐々に「答え」は複雑化します。
これは喜ばしい一方で、専門家としては「分かりやすい発信ができなくなる」というジレンマもあります。
また、医学が進歩したことで、人体の複雑さ、個人差の大きさが、より浮き彫りになってきた歴史があります。人体に対する理解が深まるにつれ、何らかの基準を一律に定めること自体が難しくなってきたとも言えるでしょう。
◇体内コレステロール値と摂取量の関係
コレステロール一つとっても、その体内での挙動は複雑怪奇です。
そもそも、コレステロールは体内で合成される脂質です。食事によって取り入れるコレステロールは、体内で作られるコレステロールの3分の1から7分の1とされています(3)。
コレステロールを多く摂取すれば、体内で合成されるコレステロールは減少し、摂取量が少なくなれば、合成されるコレステロールは増加します。
しかし、その程度にも個人差はあるため、同じ量のコレステロールを摂取しても、血液中のコレステロールの値は人によって異なりますし、病気のかかりやすさも異なります。
「食べたものがそのまま血となり肉となる」といったシンプルな仕組みではないのが、人体の難しいところです。
◇その時点でのベスト
自然科学は、日進月歩です。
「常に発展途上」な世界の中で、私たちが目指すべきは「その時点でのベスト」でしょう。
私たちはよく、「Best Available Evidence」(その時点で利用可能な最良のエビデンス)という言葉を使います。
後に研究が進み、将来的に振り返れば「ベスト」ではない答えだと分かったとしても、「その時点でのベスト」以上に後悔のない選択肢はありません。
時に分かりにくく、クリアカットでない結論であったとしても、グレーなものをグレーなまま受け入れる「度胸」が必要なのだろうと私は思います。
(1) 「日本人の食事摂取基準」(2005年版)
(2) 「日本人の食事摂取基準」(2015年版)
(3) 「日本人の食事摂取基準」(2020年版)
(2022/01/05 05:00)
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