「医」の最前線 AIと医療が出合うとき

インフルエンザへのAI利用
~ツインデミックによる医療崩壊を防ぐ~ (岡本将輝・ハーバード大学医学部講師)【第13回】

 コロナ禍によって徹底された感染症対策や生活様式の変化が「インフルエンザウイルスの感染減少」にもつながり、日本だけでなく、世界全体としてもインフルエンザ感染者数が減少したことは興味深い事実として知られている。一方で今冬の日本においては、新型コロナウイルスの感染拡大以降初めて、インフルエンザの全国的流行が確認された。同時期に2種の急性呼吸器感染症が広がることは医療の逼迫(ひっぱく)を生む可能性があり、いわゆる「ツインデミック」への警戒感を厚生労働省も明確にする(※1)。そういった中、日本発の医療AIスタートアップであるアイリス社は、インフルエンザウイルス感染症の診断支援システムである「nodoca」の製造販売承認を2022年に取得し、日本市場に展開し始めた。

インフルエンザの予防接種を受ける小学生

インフルエンザの予防接種を受ける小学生

 ◇全く新しいインフルエンザ検査システム

 Nodocaとは、独自開発した専用カメラで捉えた咽頭画像に自覚症状や問診情報を組み合わせ、AI解析によって感染の有無を判定するもの。厚生労働省が定める「新医療機器」として承認を取得した最初のAI搭載医療機器でもある(※2)。

 同システムはインフルエンザ感染症の発症直後から観察される、「インフルエンザ濾胞(ろほう)」と呼ばれる咽頭所見に着想を得ている。咽頭後壁のリンパ濾胞は種々のウイルス感染で見られるものとして知られるが、インフルエンザに特徴的な濾胞の所見は、日本人医師である宮本昭彦氏によって最初に報告された。インフルエンザ濾胞を確認すれば高い確率でインフルエンザと診断できる一方、一般の診療医がこれを正確に識別することは容易ではない。実際の臨床現場においては、発熱や自覚症状からインフルエンザを疑えば、インフルエンザ抗原を検出するための迅速診断法(イムノクロマト法)を用いることが一般的となる。

 ただし、この迅速検査はウイルス量が十分に増える前の発症直後には偽陰性(実際には感染があるが検査結果として陰性となる)を示しやすいこと、綿棒を用いた鼻咽頭拭い液を利用する場合にはそれなりの痛み・不快感を伴うこと、検査結果判明までにタイムラグが生じることなどの欠点がある。アイリス社が提供するnodocaはウイルス自体を検出するのではなく、熟練医の目をAI技術として再構築することにより、インフルエンザ特有の生体反応を正確かつ非侵襲的に即時検出するもので、従来検査の欠点を克服し得る新しい検査オプションとして期待を集めている。

nodocaを用いた診察イメージ(アイリス社のプレスリリースより)

nodocaを用いた診察イメージ(アイリス社のプレスリリースより)

 ◇「nodocaがもたらすもの」への関心

 nodocaは22年12月に保険適用が開始された(※3)。nodocaを用いたインフルエンザウイルス感染症検査の保険点数(診療報酬)は305点(3,050円)となり、これはインフルエンザウイルス迅速検査キットを用いた診断と同じ点数となる。今後、nodocaはプライマリ―ケアの現場を中心として、臨床利用が拡大していくことが見込まれる。

 コロナ禍を経て「効率の良い診療体制」を求めるようになった医療機関は、医療リソース配分の最適化に目が向いており、特に「診察時間や患者滞在時間の短縮」に資する新技術に強い関心を寄せている。冬場の一般内科外来を想定すると、発熱患者の多数にインフルエンザ迅速検査が必要になるが、診察時に検査を受けた後、いったん待合室で待機し、結果が判明した段階で説明を受けるという「診察室の往復」が発生する。一方のnodocaを用いた検査では検査結果が即座に得られるために、発熱患者の診察に通常必要となる咽頭観察時点において、検査と結果説明を同時に行うことができ、臨床フローを大幅に短縮することができる。一見すると大差無いように感じるかもしれないが、1日当たり数十人以上の診療をこなす外来業務にあって、この差は非常に大きなものとなる。結果的に、これらの効率化は医療提供体制の強化につながり、ツインデミックに伴う高負荷を軽減するための有効な施策の一つとなる可能性が高い。

 当然、新検査の決定的な導入動機はあくまで「真の臨床的有効性」にあり、ただ簡便だから、スマートだからという理由だけでは臨床現場に根付かない。nodocaの臨床試験における成績は感度76.0%、特異度88.1%というものだが、今後多様な環境での実用によってどのような臨床評価を構築するのかにも注目したい。私個人としては、nodocaがAI医療機器としてのアップデートによって精度向上を続けること、また可能であれば他疾患への適応拡大を図ることにも大きな期待を持っている。同時に、日本発の貴重な技術が海外にも受け入れられ、世界的にもインフルエンザ感染症における一般的検査としての地位を確立することも楽しみにしている。(了)

【引用】
(※1)厚生労働省. 新型コロナウイルス・季節性インフルエンザの同時流行に備えた対応.
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kansentaisaku_00003.html
(※2)The Medical AI Times. アイリス・nodoca – 日本初のAI搭載「新医療機器」.
https://aitimes.media/2022/05/11/10774/
(※3)The Medical AI Times. アイリス – nodocaを用いた感染症診断が保険適用に.
https://aitimes.media/2022/09/15/11790/


岡本将輝氏

岡本将輝氏

【岡本 将輝(おかもと まさき)】
 米ハーバード大学医学部放射線医学専任講師、マサチューセッツ総合病院3D Imaging Research研究員、The Medical AI Times編集長など。2011年信州大学医学部卒、東京大学大学院医学系研究科専門職学位課程および博士課程修了、英University College London(UCL)科学修士課程修了。UCL visiting researcher、日本学術振興会特別研究員(DC2・PD)、東京大学特任研究員を経て現職。他にTOKYO analytica CEO、SBI大学院大学客員教授(データサイエンス・統計学)など。メディカルデータサイエンスに基づく先端医科学技術の研究開発、社会実装に取り組む。

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