「医」の最前線 AIと医療が出合うとき

認知症に取り組むAI
~認知機能低下予防へ活用~ (岡本将輝・ハーバード大学医学部講師)【第11回】

 高齢化の進展を背景として、認知症を患う人々の数は増加の一途にある。世界では認知症患者数が5000万人を超え、2030年には7500万人に達することが見込まれている(※1)。日本における状況も極めて深刻で、20年時点では65歳以上の高齢者における認知症患者数は600万人、25年には700万人と推定され、高齢者の約5人に1人が認知症に罹患(りかん)することが予測される。

 認知機能低下の予防や早期発見、進行予防への取り組みは強く求められているが、近年、特に軽度認知障害(MCI: Mild Cognitive Impairment)が有効な介入ターゲットとして注目されている。MCIは約半数が5年以内に認知症に移行するとされる一方、基礎疾患に対する治療、運動食事などの生活習慣是正、認知機能トレーニングなどによって進行を防ぎ得ることが明らかにされている。今回は、高齢社会における喫緊の課題となった認知機能低下予防について、技術利用の観点から「MCIに対するAI活用事例」を紹介したい。

健康な脳(左)とアルツハイマーの脳(右)のMRI画像=AFP時事

健康な脳(左)とアルツハイマーの脳(右)のMRI画像=AFP時事

 ◇AIを用いた「脳波によるMCI検出」

 MCIの診断に関連して、客観的な評価手法による検出・モニタリングの実現が必要となっている。医学的な評価アプローチとしては、一般的な画像や血液検査による実現可能性だけではなく、声や表情といった生体情報に基づく評価もAI技術の活用によって検討が進むようになった。

 また、近年は脳波データに基づく評価の可能性が模索される。実際、英サリー大学のチームが行った研究では閉眼時だけではなく、開眼時の脳波データも併用することで、健常者と認知症有病者を高精度に識別する機械学習モデルの構築に成功している(※2)。脳波検査は、MRIをはじめとする専門的画像検査に比べてコスト面に大きな優位性があるとともに、身体的な侵襲性も非常に小さい。脳波を用いた有効なMCIスクリーニング手段の確立は、特にプライマリーケアレベルでの日常臨床に著明な貢献を見込むことができる。

 さらに、韓国ソウルの漢陽大学校などの研究チームは、家庭での自己スクリーニングとモニタリングまでを見据え、ウェアラブル脳波計を用いたMCI診断のための「最適な電極配置」を調査した示唆的研究成果を本年11月に公開した(※3)。MCI患者21人と健常対照者21人から収集した脳波データセットに基づき、2電極、4電極、6電極、8電極において考えられる全ての電極配置パターンでの分類精度を評価し、最適な電極配置を特定している。

 電極数が増えるほどに分類精度は向上し、8電極では最高精度として86.85%±4.97を示していた。これは、限られた電極数でも高精度のMCI検出が可能となることを実証した成果でもあり、ウェアラブル脳波計の活用について、今後の研究開発の加速を示唆する結果の一つとも言える。

 ◇記憶障害の改善をAIが支援

 認知症患者における典型的症状の一つとして記憶障害がある。ただし、疾患が進行したとしても、必ずしも長期記憶へのアクセス自体が損なわれるわけではないため、あらゆるフェーズのMCIおよび認知症患者において、機能回復を目指したリハビリテーションの有効性が示されてきた。

 英スコットランドに所在するヘリオット・ワット大学の研究チームは、「AIによって親近感のあるストーリーを生成することで、記憶を表層に戻すプロジェクト」を進めている。英国民保健サービス(NHS)の支援を受けて行われる本プロジェクト(Agent-based Memory Prosthesis to Encourage Reminiscing)は、44.9万ポンド(約7380万円)の研究助成を元に本年3月に開始された。

 チームが開発に取り組むAIエージェントは、年齢や社会背景、個人特有の人生経験やニーズ変化に合わせたストーリーを提供することで記憶の回想を促すもの。世代および個人に関連するマルチメディア資料の整理・再編によって「自伝的記憶」を提供し、個人特有のイベントを追体験させることで記憶障害の改善を支援する。このユニークな個別化アプローチがどの程度の臨床的有効性を示すか、研究の進捗(しんちょく)に対する強い関心は領域内外から集まっている。

脳波のイメージ画像=EPA時事

脳波のイメージ画像=EPA時事

 ◇アルツハイマー病への進行をAIで予測

 MCIに関連して、日本のチーム(富士フイルムおよび国立精神・神経医療研究センター)からも興味深い研究知見が公開されている。「npj Digital Medicine」から22年4月に公表された研究論文(※4)によると、脳MRI の3次元画像から「アルツハイマー病認知症における最多の病型)への進行に関わる画像特徴」を抽出するとともに、非画像情報として複数の臨床情報も組み合わせることで高精度な分類器を導いている。MCI患者が2年以内にアルツハイマー病に進行するかどうかを最大88%の精度で予測するこのAIモデルは、アルツハイマー病治療薬開発における臨床試験への活用も期待されている。

 これまで、早期のMCI患者をターゲットとした臨床試験が設計・実施されてきたが、その多くで芳しい成功を得ていない。この背景には、このような患者群では2年以内という比較的短期で進行する割合がそもそも少なく、臨床試験の実施期間中にアルツハイマー病への進行が観察されにくい。結果的に、プラセボ薬を割り付けた対照群においてもアウトカム発生を認めないために「進行抑制」との判断に至り、新薬治療群とプラセボ治療群との差を検出しにくい事実が指摘されている。チームが開発したAIモデルを利用することで、MCIからアルツハイマー病に比較的短期で至る可能性が高い患者集団を抽出することができ、これを対象とした臨床試験を実施することで、本来的な新薬の有効性を妥当に評価できる可能性がある。

 今回は認知症、特にMCIに取り組む先進技術として、認知機能低下予防に向けたAI活用事例を紹介した。今後、世界的に疾病負荷の急激な増大が予想される認知症は、各国の公的な研究資金についても重点的な配分が見られるようになった。これに伴ってAIを活用した取り組みと、その成果も急速に拡大することが見込まれており、これからの研究発展への期待が大きい領域となっている。(了)

【引用】
(※1)Patterson C. World Alzheimer Report 2018 - The state of the art of dementia research: New frontiers. London: Alzheimer’s Disease International; 2018.
(※2)Jennings, JL, Peraza LR, Baker M, et al. Investigating the power of eyes open resting state EEG for assisting in dementia diagnosis. Alz Res Therapy. 2022; 14:109. https://doi.org/10.1186/s13195-022-01046-z.
(※3)Lee K, Choi KM, Park S, et al. Selection of the optimal channel configuration for implementing wearable EEG devices for the diagnosis of mild cognitive impairment. Alz Res Therapy. 2022; 14: 170. https://doi.org/10.1186/s13195-022-01115-3.
(※4)Wang C, Li Y, Tsuboshita Y, et al. A high-generalizability machine learning framework for predicting the progression of Alzheimer’s disease using limited data. npj Digit. Med. 2022; 5:43. https://doi.org/10.1038/s41746-022-00577-x.

岡本将輝氏

岡本将輝氏

【岡本 将輝(おかもと まさき)】

 米ハーバード大学医学部放射線医学専任講師、マサチューセッツ総合病院3D Imaging Research研究員、The Medical AI Times編集長など。2011年信州大学医学部卒、東京大学大学院医学系研究科専門職学位課程および博士課程修了、英University College London(UCL)科学修士課程修了。UCL visiting researcher、日本学術振興会特別研究員(DC2・PD)、東京大学特任研究員を経て現職。他にTOKYO analytica CEO、SBI大学院大学客員教授(データサイエンス・統計学)など。メディカルデータサイエンスに基づく先端医科学技術の研究開発、社会実装に取り組む。

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