「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

ウイルスは変異する
~強い感染力、国内の本格流行は不可避~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター教授)【第12回】

 2020年12月ごろから、世界各地で新型コロナウイルスの変異株が流行しています。この変異株には英国型、南アフリカ型、ブラジル型など複数あり、このうちの英国型による日本国内での感染事例も発生しました。いずれの変異株も従来のウイルスより感染力が強いとされており、政府は水際対策を強化して海外からの変異株の流入を阻止しようとしています。今後、国内でも変異株の流行は拡大するのでしょうか。今回の連載では変異株の特徴と今後の展開について解説します。

電子顕微鏡で見た新型コロナウイルスの変異株=英国型【国立感染症研究所提供】

 ◇スペイン風邪の変異

 1918年にスペイン風邪(インフルエンザ)の世界的流行が発生し、4000万人が死亡するという大きな被害を生じました。最初の流行は、この年の3月に米国で発生したとされています。その後、流行は第1次大戦下のヨーロッパに波及しますが、この時点で患者数や死亡者数はそれほど多くはありませんでした。この第1波の流行は7月までに収束します。

 そして9月から北米、ヨーロッパ、アフリカなどで第2波の流行が再燃します。この流行は、第1波に比べて急速に拡大しただけでなく、多くの死亡者が発生しました。死亡する者の世代も、それまでの高齢者から若者にシフトしていったのです。まさに「ウイルスが姿を変えて再来した」と言ってもいいでしょう。

 この当時、インフルエンザウイルスはまだ発見されておらず、病原体についての解析は行われていませんでしたが、ウイルスが変異をして感染力や病原性を増したと考えられています。

 ◇新しいウイルスは変異しやすい

 スペイン風邪のウイルスは、トリのウイルスがヒトに感染するようになり、流行を起こしました。今回の新型コロナウイルスと同様に、動物のウイルスがヒトに感染したわけです。このように、ウイルスが新しい宿主(ヒト)に感染したばかりの時期は、変異しやすいとされています。ウイルスにとって生存しやすい変異が起きると、その変異株が急速に増えていきます。

 こうした変異がヒトの病気に影響しない場合もありますが、スペイン風邪では感染力と病原性を増強することになったのです。その結果、4000万人が死亡するという大惨事に至りました。

 それでは、新型コロナウイルスはどんな変異をしているのでしょうか。

 ◇変異株は2020年2月に発生していた

 新型コロナウイルスは2019年の年末、中国でヒトに感染してから多くの変異を起こしてきました。このうちでも、2020年1~2月に中国で発生した変異株(D641G)は、その後、ヨーロッパに波及し、大流行を起こします。この変異株は感染力が強く、その後、世界中に流行が拡大していきました。現在、世界各地で主に流行しているウイルスも、日本で第1波の流行を起こしたウイルスも、この変異株なのです。

 このように、2020年2月の変異で感染力は高まりましたが、病原性には大きな変化はなかったようです。しかし、ヨーロッパでは感染者数の増加により医療崩壊が起こり、多くの死亡者が発生する事態になりました。

 ◇2020年秋から始まった次なる変異

 その後、次なる変異が起こるのは2020年の秋でした。9月に英国、10月に南アフリカで立て続けに新たな変異株が発生したのです。

 ただし、この英国型、南アフリカ型と呼ばれる変異株が明らかになるのは、12月になってからでした。両国で感染者数が急増していることを受けて、現地の保健当局がウイルスの遺伝子を詳しく調べたところ、今までのウイルスから変異している部分が多数あることに気づいたのです。この変異の中でも、特に注目されたのが、ウイルスがヒトの気道粘膜に結合する部分です。従来のウイルスよりも結合しやすくなっており、感染力が増していることが明らかになりました。このために、両国では感染者数が12月に入り急増していきます。

 では、病原性はどうなのでしょうか。今のところ明らかなことは分かっていませんが、多くの感染者が発生すれば医療崩壊を起こし、そのために死亡者数が増えることも予想されます。2021年1月になり、英国や南アフリカでは死亡者数が増加傾向にあり、今後、注目していく必要があります。

 なお、2021年にはブラジル北部で発生した変異株(ブラジル型)も確認されており、これも感染力が強いことが明らかになっています。

 ◇変異株は世界各地に波及している

 2月初旬の時点で英国型、南アフリカ型、ブラジル型という三つの変異株が発生してるわけですが、いずれも感染力が強いため、それぞれの発生国では主要な流行ウイルスになっています。

 さらに、世界保健機関(WHO)の発表によると2月中旬の時点で、英国型は86カ国、南アフリカ型は44カ国、ブラジル型は15カ国と世界各地に波及し、国内流行を起こしている国も見られます。

 日本でも12月末から空港の検疫で変異株が次々に発見されており、1月中旬以降は英国型の国内感染例も複数見つかっています。感染力が強いだけに、今後、国内流行が拡大していくと、感染者数の増加は避けられないでしょう。

全世界からの外国人新規入国を停止し、閑散とする羽田空港国際線の到着ロビー=2020年12月28日

 ◇鎖国政策と国内監視の強化

 日本政府は変異株が国内に、これ以上流入するのを止めるため、12月末から水際対策の再強化を行っています。1月中旬の時点で、ほぼ全ての外国人の入国を停止し、日本国籍者も帰国する際には、現地出国前と日本入国時に検査を行うことが義務付けられています。それでも国内感染が起きているというのは、国内に変異株が既に侵入していることを意味します。

 こうした状況下、水際対策だけでなく、国内での変異株の監視体制を強化することも必要です。変異株の発見には特殊な検査を必要とするため、国内発生例を全て調べることは難しいでしょうが、国内の変異株をできるだけ早期に発見し、感染源や濃厚接触者の調査を重点的に行うべきです。

 ◇いずれは変異株の国内流行が起こる

 私は今回の変異株の感染力からして、今後、本格的な国内流行は避けられないと考えています。恐らく、日本でも従来型を駆逐し、変異株が主要な流行ウイルスになっていく可能性もあります。

 しかし、2月の時点で日本は第3波の最中にあります。この時点で、変異株の本格的な国内流行が始まれば、感染者数はさらに増加し、医療崩壊の危険性も高くなります。こうした状況だけは、どうしても回避しなればなりません。そのために、水際対策や国内の監視体制を強化することで、第3波の流行が過ぎ去るまで変異株の国内流行を遅らせることが大切なのです。

 そして、ワクチン接種が進んだ段階で、変異株による本格的な国内流行を迎えるのが最も良いシナリオだと思います。それまでに、スペイン風邪のような病原性の増強が起きていないことを祈るばかりです。(了)


濱田特任教授

 濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏
 東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。

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