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そこにない物が見える
~飛蚊症も幻視の一種~ 第5回
「幻視」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。実際にはそこに存在していないのに、何かが見える現象です。
飛蚊症の正体(井上眼科病院HPより)
「蚊か小虫が飛んでいるのかと思ったら、目の錯覚だった」。これはしばしば眼科を受診する動機になる飛蚊(ひぶん)症です。幻視を脳の錯覚だと限定すると少し違いますが、現存しない物体を見ている点で飛蚊症も広い意味で幻視と言えるでしょう。
飛蚊症とは硝子(しょうし)体内にできた濁り(線維や細胞などの集まりや結晶)が、光の加減で網膜に投影される内視現象(眼球内の物が見えてしまう現象)です。この現象は片方の目に起こりますが、両方の目に生じることもあります。ただ、両眼で見える場合、左右で異なる見え方をするはずですから、「飛蚊症かな」と思った時は、どちらの目の現象かを確かめることが大切です。
たいていは、病的ではない生理的な飛蚊症です。加齢や眼球が拡大するタイプの進行性近視においては、網膜に接着していた硝子体が剥がれた時に部分的濁りが生じることが原因です。一方、網膜裂孔、網膜剥離、炎症、出血などでも飛蚊症が出ます。眼科で眼底検査を受ければ、生理的か、病的かの区別はすぐつきます。外来で困るのは、生理的な原因にもかかわらず、「病気に違いない」とその症状にこだわり過ぎるケースです。
◇片頭痛の前兆
眼科を受診する人がとても気になる現象の一つに、「光視症」があります。目の中でピカピカと光る物が見える現象で、光の形はまちまちです。一過性のこともあれば、やや持続することもあります。発現する理由は明らかではありませんが、外界から入った光を受け取った視細胞などが一過性に変調を起こす現象だという考えなどがあります。その現象が左右どちらの目で見えているのかの判定は難しい場合がありますが、片方の目に生じたものは飛蚊症の親戚と考えればよいでしょう。
一方、左右どちらの目でもほぼ同じように出現する両眼性の光視症は「中枢性光視症」で、眼球ではなく中枢神経(脳)で生じたものです。同じように脳で発生する「閃輝暗点(せんきあんてん)」は片頭痛の前兆として有名です。閃輝暗点は両眼の視野の中心に近い所に光る物が突然出てきて、段々に周囲の視野へと不均一にギラギラするものが広がり、10~20分継続して消えていきます。そのギラギラしている物の周りは中世の城壁のような形、あるいは歯車のギザギザの形をしており、ギラギラが視界を邪魔するために「暗点」と呼ばれます。
閃輝暗点が消失すると、多くはズキン、ズキンとする頭痛が出現してくるので片頭痛の前兆とされるのです。高齢者では頭痛が出ない形で閃輝暗点だけが出る例があり、「頭痛のない片頭痛」と呼ばれたりします。
◇稲妻を感じる
光視症にはいろいろなバリエーションがあるようです。私も高齢になってから、真っ暗な所にいる時や、まぶたを閉じている時に光や不均一な模様を感じることがあります。脳の視覚情報処理系ネットワークに雑音(雑画)が増えてきているのでしょう。同年配の妻は時々、「左右の目の外側の方で稲妻を感じることがある」と言います。これは古くから「ムーアの稲妻線条」として知られている現象です。眼球の動きなどに伴って硝子体が動くことで眼内に小さな放電が起こったために、光の帯(稲妻)として自覚するものです。
異常な光が見えるこのような現象を初めて体験すると、「大変な病気になったのか」と慌ててしまう人がいます。知識があれば「大事ではなく、静まるのを待てばよい」と冷静に対処できると思います。
◇小雪が舞っているように見える
閃輝暗点や中枢性光視症を自覚しやすい素因として、片頭痛や片頭痛の「家族」が指摘されています。これらは光に対してだけでなく、音やにおい、痛みなどの感覚が過敏な人に多いと思われます。
東京五輪で、卓球の混合ダブルスで金メダルを獲得した水谷隼選手は、自著で「ビジュアルスノー症候群」であることを明かしました。視野一面にいつも小雪や砂嵐が舞っている(もちろん実際には舞っていませんが、そう見える)現象で、暗い所で目立ち、残像が出やすく、明るい所では強いまぶしさを感じるという性質を持つ症候群です。私は以前からこれを「小雪症候群」と呼んでいました。7~8割の患者が自分か血族に片頭痛の人がいます。医学がこれに気付いたのはつい最近のことで、知らない医師も多いようです。
シャルルボネ症候群の人が描いた幻視像。パソコン画面を見ようとしても幻視が邪魔をする(セアまりさん提供)
◇シャルルボネ症候群
眼科で問題となる幻視として非常に有名なのが「シャルルボネ症候群」です。眼球の病気で視覚障害が進んで、ロービジョン(低視力)になってくるとよく出現します。図は網膜色素変性を持つ絵本作家のセアまりさんが描いたものです。見える物はさまざまで、そこにはない人や動物の顔や姿、規則正しい模様、いろいろな光などが見え、視界を邪魔するようです。脳は見えにくくなった部分を埋めようとする性質があることが幻視の原因とされます。本人が幻視であることを自覚していることが特徴で、幻視が出やすいルビー小帯型認知症では幻視が本物だと思い込みやすいところに違いがあります。(了)
若倉雅登(わかくら・まさと)
1949年東京都生まれ。北里大学医学部卒業後、同大助教授などを経て2002年井上眼科院長、12年より井上眼科病院名誉院長。その間、日本神経眼科学会理事長などを歴任するとともに15年にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ、神経眼科領域の相談などに対応する。著書は「心をラクにすると目の不調が消えていく」(草思社)など多数。
(2022/11/28 06:47)
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