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スマホ内斜視とスマホ老眼
~近視大国日本の新たな問題~ 第4回

 日本人のおおむね6~8%が強度近視を持っており、世界でも有数の近視大国です。強度近視は通常の近視と違い、20歳をすぎても眼球が拡大(眼軸延長)して、近視の程度が進行します。

図1 MRI画像。眼球が内向き(内斜視)になっている

図1 MRI画像。眼球が内向き(内斜視)になっている

 近視は、眼鏡コンタクトレンズで矯正すれば済むというのが常識でしょう。しかし、強度近視ではそう簡単に言えない面があります。白内障や緑内障近視性黄斑円孔、近視性黄斑変性、網膜裂孔や網膜剥離、網脈絡膜萎縮、視神経乳頭の形成異常、さらには内斜視(図1)などの眼球の各種の病気が合併しやすいからです。

 ◇環境的要因が重要

 近視は、遺伝的要因と非遺伝的 (環境的) 要因の両者で成立します。遺伝的要因を変更させる治療はないので、環境因子が重要です。

 家庭にテレビが普及したのは私が小学生の頃で、子どもたちがテレビにくぎ付けになると、親たちは「目が悪くなる」とヤキモキしました。近くが見にくくなり、近視になるのではないかという心配からでした。この頃から日本の産業は猛スピードで発展し、効率化します。農業も同じで、有機リンなどの農薬使用量も急に増加します。

 2022年5月に亡くなった私の恩師、石川哲(さとし)・北里大学教授(当時)は、農薬による近視化問題を研究し、規制が厳しくなかった日本の農薬使用に歯止めをかけた大きな功績がある方です。各種業務にパソコンが導入され、若者たちがビデオゲームや動画に夢中になる時代がやって来ると、同教授はVDT(ビジュアル・ディスプレー・ターミナル)症候群を提唱し、警告を発しました。VDTとはパソコンやゲームなどの画面のことです。

図2 スマホでゲームに夢中になる子どもたち。眼球から画面までの距離が近い

図2 スマホでゲームに夢中になる子どもたち。眼球から画面までの距離が近い

 ◇韓国の論文の衝撃

 ここ10年でスマートフォン(スマホ)が広く普及したことで、「スマホ依存」という新しい問題が持ち上がりました。精神活動における問題や睡眠障害などのほかに、近視化や「スマホ内斜視」「スマホ老眼」が指摘されています。スマホを見る状況は従来のVDTよりはるかに目に近く、眼球(角膜頂点)から画面までの距離はほぼ20センチ以下になります(孫たちにスマホでゲームをさせてみると図2のようになりました)。

 眼科医が問題意識を持ったのは、小・中学生のスマホの普及が日本よりも著しいとされる韓国からの16年の報告(論文)です。7~16歳までの過度なスマホ使用者(過去4カ月以上にわたり、1日4時間以上使用)の12例(男5例、女7例)が内斜視になったのです。スマホから目を離して両眼で遠方を見た時に一時的、または継続的に対象物が二つに見える複視を自覚し、複視のある目の位置は内向き(内斜視)でした。スマホを1カ月間使わないようにしたところ、斜視の角度は全員改善したものの、5例は斜視手術が必要でした。この論文は、欧米や日本のメディアでも紹介されました。私たちの病院でもスマホ内斜視が強く疑われるケースが複数存在し、既に手術を実施した例もあります。

 ◇スマホ内斜視のメカニズム

 近くの視標を見る場合には、両眼を寄せながらピントを合わせる「輻湊(ふくそう)」機能を作動させます。大脳から脳幹にある輻湊中枢に指令が出て、そこから両眼を寄せるための外眼筋とピントを合わせるための内眼筋に強いインパルスが伝わります。

 それでは、近見から遠見への切り替えはどうするのでしょうか。両眼の位置を遠方の視標に合わせるためには、寄せていた眼を外に開く「開散」機能を働かせます。ただ、脳には「開散中枢」はなく、単に輻湊に関わる指令スイッチをオフにして微調整します。ところが、輻湊のインパルスが強過ぎるとスイッチオフができないばかりか、逆にインパルスが強く走ってしまうことがあります。これがスマホ内斜視のメカニズムです。

 スマホ内斜視は若い人に生じ、近視化を伴うことがあります。成人では斜視を伴わずに近見にピントが合ったままになってしまうケースも最近散見されます。遠方を見たくても、近見に合ってしまったピントが緩まなくなり、遠方がぼやける現象です。これは老視の初期に経験する現象に似ており、スマホ老眼とも呼ばれます。過度の近見を強いられるスマホの長時間使用は、年齢に関係なく警戒すべきです。

 近視化予防の現状

 近視化予防や治療は眼科の国際的研究テーマです。近視関連遺伝子を制御するのは技術的、倫理的に複雑な問題を含むだけに、環境因子の制御や小児発達期の予防治療法の開発が世界の主流です。

 外で遊ぶ時間を増やすと近視の進行抑制につながることは、どの研究でもほぼ一致した見解が出ています。また、眼科外来で比較的対応しやすい低濃度アトロピン薬による治療も、ピント合わせのための筋肉を緩める作用があり、毎日の点眼で近視化抑制の効果があるとされます。

 オルソケラトロジーは、毎晩就寝中にコンタクトレンズを装用して角膜のカーブを扁平(へんぺい)化(近視軽減化)させようとする治療法です。親がコンタクトレンズ装用者で、治療に熱心であればやりやすいのですが、やや面倒な割に長期効果は限定的とも言われます。最近は、低濃度アトロピン治療との併用を推奨する論文が増えています。

 文部省の21年度学校保健調査では、小学6年生の裸眼視力1.0未満が約半数でした。おそらく、その大半が近視とみられ、増加し続けています。近視大国日本としては、特に小児の近視抑制策に国全体で本格的に取り組むことも考えるべきなのかもしれません。(了)

 若倉雅登(わかくら・まさと) 
 1949年東京都生まれ。北里大学医学部卒業後、同大助教授などを経て2002年井上眼科院長、12年より井上眼科病院名誉院長。その間、日本神経眼科学会理事長などを歴任するとともに15年にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ、神経眼科領域の相談などに対応する。著書は「心をラクにすると目の不調が消えていく」(草思社)など多数。

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