過去数十年間で帝王切開率は世界中で劇的に上昇しているが、この外科的介入が児の身体発育、認知発達、慢性疾患のリスクなどさまざまな側面に及ぼす潜在的な影響については議論が続いている。岡山大学大学院医歯薬学総合研究科疫学・衛生学分野の松本尚美氏らは、日本産科婦人科学会の周産期データベースと厚生労働省の21世紀出生児縦断調査を統合することで国内の新生児2,114人を9歳まで追跡調査し、多様なアウトカムを検討。その結果、「帝王切開分娩は児の長期的な健康・発達指標の悪化と有意な関連を示さなかった」Sci Rep2025 20; 15: 2485)に報告した(関連記事「女児の自閉症スペクトラムは帝王切開で多い」)。

高リスク妊娠・出産が多い出生コホートを9歳まで追跡

 今回のコホート研究では、全国的な出生コホートである①厚労省が実施した21世紀出生児縦断調査(対象:2010年5月10~24日に国内で出生した4万3,767人)と②日本産科婦人科学会の周産期登録Perinatal Research Network(PRN)―の2件のデータを利用。PRNは2010年に139施設から8万3,383人の出生データ(同年の全出生の7.6%)を登録。PRNでは同年5月出生の帝王切開率は33.4%と全国の19.2%(厚労省2011年9月報告)よりも高く、高リスク妊娠と出産に重点を置く趣旨が反映されている。

 対象は、出生関連情報を用いて①、②のデータのリンクに成功した新生児2,114人で、経腟分娩群1,351人と帝王切開分娩群763人を比較。入院(0.5~5.5歳の入院歴)、肥満(5.5歳と9歳時に評価、世界保健機関の基準に基づいてBMI標準偏差スコアを算出)、さまざまな発達の指標(2.5歳、5.5歳、8歳で評価)など、0.5~9歳の多様なアウトカムを調査した。

 ロバスト分散を用いたポアソン回帰を使用し、帝王切開分娩と上述したアウトカムとの関連についてリスク比(RR)を推定した。

入院、肥満、発達指標に関連せず

 経腟分娩群と帝王切開分娩群の在胎週数、出生時体重の中央値(四分位範囲)は、それぞれ39週(38~40週)と37週(36~38週)、2,988g(2,710~3,240g)と2,670g(2,255~3,005g)。早産はそれぞれ119人(8.8%)と196人(25.7%)、多胎分娩はそれぞれ20人(1.5%)と129人(16.9%)、妊娠合併症は733人(54.3%)と497人(65.1%)、母体緊急搬送は61人(4.5%)と73人(9.6%)だった。

 出産時の両親の年齢、多胎分娩、経産、胎位、胎児異常、母体搬送、母体基礎疾患、妊娠合併症、妊娠中の母体の喫煙/飲酒、両親の学歴および出生時の居住地(肥満では母体の妊娠前BMIを追加)で調整後、児のほぼ全ての健康および発達のアウトカムは、帝王切開分娩との有意な関連が見られなかった。全入院リスクは、経腟分娩に比べて帝王切開分娩でわずかに上昇したが有意差はなかった〔全入院:調整後(a)RR 1.25、95%CI 0.997~1.56〕。

 帝王切開分娩はまた、5.5歳(aRR 1.05、95% CI 0.68~1.62)または9歳(aRR 0.83、同0.52~1.32)時点で過体重/肥満との有意な関連が見られなかった。発達指標についても、2.5歳時点の運動および言語、5.5歳時点の認知、社会・情緒および自己制御の問題、8歳時点の注意、適応および行動の問題との有意な関連が見られなかった。これらの結果は、多重補完法でも一貫していた。

 多胎分娩と早産の有無で層別化したサブグループ解析では、帝王切開分娩と幾つかの指標との関連について推定値に若干の差が見られたが、サンプルサイズが小さいために統計的検出力が限られていた。

微生物叢形成への影響を含む詳細な検討が必要

 以上の結果から、松本氏らは「今回9歳まで追跡した日本のコホートにおいて、帝王切開分娩は児の長期的な健康および発達にほとんど重大な影響を及ぼさないことが示唆された。この結果は、医学的適応がある帝王切開分娩の安全性について、親と医療従事者に一定の安心感を与える。ただし、統計的に有意な関連がない場合も、必ずしも臨床的影響がないとはいえない点に留意することが重要になる」と結論している。

 帝王切開分娩が児の転帰に及ぼす長期的影響については、世界中で行われた研究結果に一貫性がなく、国または文化固有の要因を考慮する必要性が指摘されている。同氏は「国民皆保険と標準化された周産期医療を特徴とする日本の医療制度は、出産方法に関係なく転帰の改善に寄与する可能性がある」と考察。今後の研究については、「長期的な追跡調査、十分なサンプルサイズを持つサブグループ解析および微生物叢の形成などの潜在的な媒介要因の詳細な評価を検討する必要がある」と述べている。

医学ライター・坂田真子