医学の窓辺

高知県立牧野植物園の植物コレクションから新たなメカニズムの抗がん剤として期待される成分の発見
名古屋市立大学 論文発表 Nature Research社『Scientific Reports』令和3年5月4日に掲載
名古屋市立大学・高知県立牧野植物園連携協定成果 第1弾!

 研究成果の概要

 名古屋市立大学大学院薬学研究科細胞情報学分野の林秀敏教授、生薬学分野の牧野利明教授、高知県立牧野植物園の水上元園長(研究当時)、名古屋市立大学大学院医学研究科血液・腫瘍内科学分野の飯田真介教授らの共同研究グループは、高知県立牧野植物園が保有する植物ライブラリーの 小胞体ストレス応答1(unfolded protein response: UPR)抑制活性をスクリーニングした結果、Periploca calophyllaの茎から単離された「ペリプロシン」が、UPRを抑制することを世界に先駆けて発見しました。

 UPRはタンパク質の成熟に重要な細胞内小器官「小胞体」内に不完全なタンパク質が蓄積し機能不全に陥ると、これらを解消する目的で誘起される細胞内ストレス応答です。その制御異常は、がんや糖尿病、神経変性疾患などさまざまな疾病の発症や進行につながると考えられています。

 本研究成果は、ペリプロシンをはじめとする「強心配糖体2」の抗UPR作用による新たな疾患治療への展開や、UPRの制御破綻と疾患との関連性の究明に貢献することが期待されます。

 本研究は、自然・臨床科学専門オープンアクセス電子ジャーナル『Scientific Reports』のWebサイトに令和3年5月4日に公開されました。

【背景】

 「小胞体ストレス応答(UPR)」は、小胞体内で産生された異常タンパク質により働くストレス応答で、異常タンパク質に由来する毒性(小胞体ストレス)回避のための最も重要な生体反応の一つと考えられています。一方、UPRの慢性的な活性化は、がんや糖尿病、神経変性疾患などのさまざまな疾患の発症や悪性化の原因となることから、UPRの制御異常を抑制する治療アプローチの開発が注目されています。

 高知県立牧野植物園の水上元園長(研究当時)らは、ミャンマー連邦共和国に焦点を当て、同国天然資源・環境保全省と高知県立牧野植物園との協定(MoU)のもとで資源探索を行ってきました。ミャンマーは多様性豊かな植物の生育環境を有するにもかかわらず、いまだその大部分の調査が進んでいないという背景から、ミャンマー産植物には、植物資源としての高い希少価値がある可能性が考えられます。

 今年3月に、高知県立牧野植物園と名古屋市立大学とは、植物資源の研究と創薬研究の連携を目指した連携協力協定を締結しており、本研究は締結後、第1弾の成果となります。

【研究の成果】

 共同研究グループは、UPRの抑制化合物を探索するために、ミャンマー産植物抽出エキスライブラリーを用いてUPR抑制活性を示す抽出エキスを探索したところ、Periploca calophyllaの茎の抽出液に強力な抑制活性があることを見いだしました。Periploca calophylla はヒマラヤから中国、東南アジア北部に分布しているキョウチクトウ科の植物で、本試料はミャンマーのチン州ナマタン国立公園で採取されたものです。

 本抽出液から活性成分を分離精製した結果、UPRを抑制する化合物として「ペリプロシン(periplocin)」を単離しました(図1)。さらなる解析から、ペリプロシンにはUPRを構成する主要な三つのシグナル伝達経路(IRE1、ATF6、PERK経路)をいずれも抑制するというユニークな活性があることが明らかとなりました。

 この特徴的な活性が、化合物のどのような構造によってもたらされるかを多くの構造類似体を用いて調べたところ、心不全治療薬として現在臨床現場でも使われている「強心配糖体」に固有の構造をもつ化合物群に、共通して強いUPR抑制作用があることがわかりました。

 さらに、このペリプロシンの作用がUPRの異常制御を伴う病態に有効か調べる目的で、恒常的なUPRの活性化がその生存維持に深く関わると考えられている血液がんの一種、多発性骨髄腫3(multiple myeloma: MM)に対する効果を解析しました。その結果、ペリプロシンは多発性骨髄腫で生じているUPRの活性化を阻害し、細胞死を引き起こすことで、抗腫瘍作用を示すことを初めて見いだしました(図2)

 ペリプロシンは多発性骨髄腫のUPRの持続的活性化と細胞の生存を抑制する。

【研究のポイント】

 ・ミャンマー産植物由来抽出液ライブラリーを用いてUPR抑制作用をスクリーニングした。
 ・スクリーニングの結果、植物由来成分ペリプロシンがUPRを抑制することを発見した。
 ・ペリプロシンのUPR抑制作用は強心配糖体に固有の構造に強く相関することを見いだした。
  ・ペリプロシンは多発性骨髄腫に対し抗腫瘍作用を発揮することを明らかにした。

【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】

 今回、共同研究グループは、世界的にも研究が進んでいなかったミャンマー産植物に由来する抽出液をスクリーニングライブラリーとして、UPRを抑制する候補抽出液を探索しました。最終的に、これまで知られていなかった活性成分を単離することに成功し、当該抽出液ライブラリーの植物資源としての有用性が実証される一例となりました。本研究とは異なるスクリーニングアッセイ系においても、未知の活性化合物の発見につながる可能性があり、創薬研究をはじめとするさらなるミャンマー産植物資源の活用が期待されます。

 また、ペリプロシンをはじめとする強心配糖体の化合物群がUPRを抑制するという事実は、これら化合物の典型的な作用タンパク質(Na/K-ATPase 4)がUPRを調節している可能性を強く示唆しています。その因果関係や詳細なメカニズムはいまだ不明な点が多いことから、今後の解明が望まれます。

 さらに、UPRの制御異常はさまざまな疾患の発症・悪性化に深く関与することから、本研究で明らかとなったペリプロシンのがんに対する作用のほか、糖尿病や神経変性疾患などに対しても新しい治療薬となる可能性が考えられ、さらなる研究の発展が待たれます。

【用語解説】

1.    小胞体ストレス応答(UPR)

 タンパク質合成が盛んな細胞では、しばしば構造異常なタンパク質が産生され蓄積し、細胞に対する毒性を生じることがある。このようなタンパク質毒性を回避し、細胞の恒常性を保つための機構を小胞体ストレス応答(UPR)と呼ぶ。UPRは、三つの主要な小胞体膜タンパク質(IRE1、ATF6、PERK)からなり、それぞれを起点とする遺伝子の発現調節を介して、生じた異常タンパク質の修復や分解などの機能を発揮する。

2.    強心配糖体

 強心作用をもち、特徴的な糖構造を含む化合物の総称。その代表であるジゴキシンという化合物は、心不全治療薬として古くから利用されている。強心配糖体は、後述のNa/K-ATPaseという膜タンパク質を標的として強心作用を示すと考えられている。

3.    多発性骨髄腫(MM)

 血液がんの一種であり、免疫反応に不可欠な抗体を産生する細胞(形質細胞)ががん化したもの。MM細胞は異常なタンパク質を持続的に合成するため、UPRが恒常的に活性化しており、その活性化は自身の生存維持に有利に働いていると考えられている。

4.    Na/K-ATPase

 細胞膜上に存在するタンパク質の一種。細胞内外のミネラル成分(Na: ナトリウム、K: カリウム)を出し入れし、生体内の塩濃度を適切に保つ役割を担う。強心配糖体が強心活性を示す際の標的タンパク質として知られているが、生体内反応や疾患との関連については不明な点が多い。

【研究助成】

 本研究は日本学術振興会科学研究費 基盤研究B(井上靖道:21H02650)、基盤研究C(井上靖道:18K0666、林  秀敏:15K07937、20K07052)、若手研究(宮嶋ちはる:18K16081)、名古屋市立大学特別研究奨励費(宮嶋ちはる)、東洋医学研究財団(宮嶋ちはる)、喜谷記念財団(德川宗成)の助成を受けたものです。

【論文タイトル】
“Periplocin and cardiac glycosides suppress the unfolded protein response”
(ペリプロシンおよび強心配糖体は小胞体ストレス応答を抑制する)

【著者】
德川宗成、井上靖道*、石内勘一郎、鯨井千実、松野倫代、李政樹、伊藤友香、宮嶋ちはる、森下大輔、大岡伸通、飯田真介、水上元、牧野利明、林秀敏*                   *Corresponding authors

德川宗成(名古屋市立大学大学院薬学研究科細胞情報学分野、博士課程3年)
井上靖道(名古屋市立大学大学院薬学研究科細胞情報学分野、准教授、責任著者)
石内勘一郎(名古屋市立大学大学院薬学研究科生薬学分野、准教授)
鯨井千実(名古屋市立大学大学院薬学研究科細胞情報学分野、博士前期課程1年)
松野倫代(高知県立牧野植物園、研究員)
李 政樹(名古屋市立大学大学院医学研究科血液・腫瘍内科学分野、講師)
伊藤友香(名古屋市立大学大学院薬学研究科細胞情報学分野、助教)(当時)
宮嶋ちはる(名古屋市立大学大学院薬学研究科細胞情報学分野、講師)
森下大輔(Chordia Therapeutics 株式会社、CSO;名古屋市立大学大学院薬学研究科、客員准教授)
大岡伸通(国立食品医薬品衛生研究所、遺伝子医薬部室長)
飯田真介(名古屋市立大学大学院医学研究科血液・腫瘍内科学分野、教授)
水上 元(高知県立牧野植物園、園長)(当時)
牧野利明(名古屋市立大学大学院薬学研究科生薬学分野、教授)
林 秀敏(名古屋市立大学大学院薬学研究科細胞情報学分野、教授、責任著者)

【掲載学術誌】
学術誌名 Scientific Reports(サイエンティフィック レポーツ)
DOI番号:10.1038/s41598-021-89074-x

【研究に関する問い合わせ】

名古屋市立大学大学院薬学研究科
准教授 井上 靖道(いのうえ やすみち)
E-mail:yainoue@phar.nagoya-cu.ac.jp

名古屋市立大学大学院薬学研究科
教授 林 秀敏(はやし ひでとし)
E-mail:hhayashi@phar.nagoya-cu.ac.jp

高知県立牧野植物園
研究員 松野 倫代(まつの みちよ)
E-mail:matsuno@makino.or.jp

【報道に関する問い合わせ】
名古屋市立大学 薬学部事務室
名古屋市瑞穂区田辺通3‐1
TEL:052-836-3402  FAX:052-834-9309
E-mail: question@phar.nagoya-cu.ac.jp

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