医学部・学会情報

イベルメクチンが抗HBV作用を有することを発見
(イベルメクチンの抗HBV作用とその作用機序を解析) 公立大学法人 名古屋市立大学
国立大学法人 熊本大学
学校法人 北里研究所

科学雑誌「Viruses」
2022年11月8日午後2時(中央ヨーロッパ時間)掲載
(日本時間2022年11月8日午後10時)

 研究成果の概要

 現在、B型肝炎ウイルス(HBV)(※1)感染による慢性肝炎の治療薬としては、主に核酸アナログ製剤(※2)が用いられています。核酸アナログ製剤は、HBV DNA量を非常に低レベルにまで減少させることが可能ですが、cccDNA(※3)やHBs抗原(※4)を陰性化することはできません。

 名古屋市立大学大学院薬学研究科の松永 民秀 教授・坡下 真大 講師、熊本大学大学院生命科学研究部の田中 靖人 教授、北里大学大村智記念研究所の砂塚 敏明 教授・廣瀬 友靖 教授の研究グループは、近年複数のウイルスの抑制作用が注目されているイベルメクチン(※5)がHBV感染を抑制する作用を有することを明らかにしました。

 イベルメクチンは細胞内の核-細胞質輸送体であるimportin α/β(※6)を特異的に阻害することで、1型ヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)やデングウイルスなどのRNAウイルスの複製を抑制することが知られています。本研究グループは、HBVの構成成分であるHBVコアタンパク質(HBc)がimportin α/βで核内に輸送されることに着目し、イベルメクチンによる抗HBV作用を調べました。その結果、イベルメクチンはNTCP強制発現肝がん細胞(※7)およびヒト肝キメラマウス由来肝細胞(※8)の両細胞においてcccDNAやHBs抗原を減少させることが分かりました。また、イベルメクチンはHBcおよびimportin α のサブタイプの一つであるimportin α1(karyopherin α2, KPNA2)の核内における存在量も低下させました。また、KPNA2の発現を抑制した状態ではcccDNAやHBs抗原の産生が抑えられたことから、KPNA2がHBV感染に関与していることが示唆されました。

 本研究により、イベルメクチンがRNAウイルスの複製抑制だけでなく、DNAウイルスであるHBVに対しても抑制作用があることを発見し、その抗HBV効果はKPNA2の阻害によるHBcの核内蓄積抑制であることを明らかにしました。本研究は、HBV感染機構の解明とともに、イベルメクチンのドラッグリポジショニング(※9)や新規抗HBV治療薬の開発につながることが期待されます。

図1:HBVの生活環とイベルメクチンの作用部位
HBVの構成成分であるHBVコアタンパク質(HBc)は、核移行シグナルを有しており、宿主由来のimportin α/βを介して核内にHBVゲノムを輸送する。イベルメクチンはこの importin α/βを阻害し、HBV感染を抑制することが示唆された。


 【背景】

 HBVは肝細胞に感染し、慢性肝炎肝硬変肝がんを引き起こします。世界保健機関(WHO)により、毎年80万人以上がB型肝炎関連疾患で死亡していることが報告されていることから、HBV感染は世界的に重要な課題となっています。

 現在、HBV感染による慢性肝炎の治療薬には、主に核酸アナログ製剤が用いられています。核酸アナログは、HBVの逆転写酵素(※10)を阻害することでHBV DNAを除去することができますが、cccDNAやHBs抗原を陰性化することはできません。近年、HBV DNA濃度が低くても、HBs抗原濃度が高い患者では肝病変への進展率や発がん率が高いことが報告されており、HBs抗原の陰性化が重要であると考えられています。そのため、既存の治療薬とは異なる作用機序を有する新規治療薬の開発が求められています。

 イベルメクチンは、細胞内の核-細胞質輸送体であるimportin α/βを特異的に阻害することが報告されています。HBVのゲノムDNAを格納しているHBcもimportin α/βを介して核内に輸送されることが報告されていますが、イベルメクチンが抗HBV作用を有するかどうかは検証されていませんでした。

 これらの背景より本研究グループは、イベルメクチンによる抗HBV作用とimportin α/βに着目した作用機序について解析しました。

【研究の成果】

 本研究グループは、イベルメクチンがimportin α のサブタイプの一つであるimportin α1(karyopherin α2, KPNA2)の核局在を阻害することでHBcの核への移行を減少させ、HBV感染の阻害作用を示すことを明らかにしました。

 NTCP強制発現肝がん細胞およびヒト肝キメラマウス由来肝細胞に対し、イベルメクチンをHBV感染前後に暴露させることで、培養上清中に分泌されたHBV DNA 、HBs抗原の量が有意に低下しました(図2)。また、これらのHBVマーカーの産生源であるcccDNA量も有意に減少しました(図2)。

図2:HBV感染ヒト肝キメラマウス由来肝細胞に対するイベルメクチンの効果
ヒト肝キメラマウス由来肝細胞にHBVを感染させ、感染前後にイベルメクチンを暴露させた。イベルメクチンはHBV感染13日後において細胞内のcccDNAおよび培養上清中のHBV DNA、HBs抗原を有意に減少させた。


 加えて、HBcを肝がん細胞に強制発現させHBcの細胞内局在を調べたところ、イベルメクチンによりHBcの核内局在が有意に減少しました(図3)。また、イベルメクチンによるimportin α/βの細胞内局在への影響を調べたところ、KPNA2の核内量のみ有意に減少することが明らかとなりました(図4)。

図3:イベルメクチンによるHBcの細胞内局在変化
NTCP強制発現肝がん細胞にHBcを発現させ、48時間後のHBcの細胞内局在を免疫蛍光染色により調べた。イベルメクチンにより、核に存在するHBc量が減少した。
図4:イベルメクチンによるKPNA2の核内量変化
NTCP強制発現肝がん細胞に48時間イベルメクチン(IVM)を暴露させ、KPNA2の核内量を調べた。イベルメクチンによりKPNA2の核内量が非添加群(Ctrl)と比較して有意に減少した。Lamin B1は核マーカーである。KPNA2量はLamin B1量で補正し、相対的KPNA2量はcontrolのKPNA2量を1として計算した。


 さらにsmall interfering RNA (siRNA) を用いて肝がん細胞内のKPNA2発現を抑制すると、HBVの産生が有意に抑制されました(図5)。一方、importin β1 (KPNB1) の核内量はイベルメクチンでは減少しませんでした。以上の結果から、イベルメクチンはKPNA2の核内量を減少させることでHBcの核内局在を阻害し、HBV感染を抑制していることが示唆されました。

図5:KPNA1–6およびKPNB1の発現抑制によるHBV感染への影響
siRNAを用いてNTCP強制発現肝がん細胞内のKPNA1–6およびKPNB1をそれぞれノックダウンし、その後HBVを感染させた。KPNA1–6をノックダウンするとcccDNAの産生量は有意に減少した。また、KPNB1をノックダウンすると細胞死が誘発され、cccDNAが増加した。NT(non-transfection)は、siRNAを処理していない細胞を表す。NTにおけるcccDNA量を1として計算した。


 【研究のポイント】

・イベルメクチンがHBV感染抑制作用を示すことを発見しました。
・イベルメクチンはimportin α/β の中でも特にKPNA2 を阻害することでHBcの核移行を抑制している可能性が考えられます。
・HBVの感染機構の解明とともに、イベルメクチンのドラッグリポジショニングや新規抗HBV治療薬の開発につながることが期待されます。

 【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】

 本研究では、イベルメクチンが抗HBV作用を有することを明らかにすることで、イベルメクチンの治療薬としての新たな可能性を示しました。しかし、イベルメクチンとHBcおよびimportinの直接的な相互作用はいまだ確認されておらず、今後は新たな解析方法を用いてこれらの相互作用を調べる必要があります。

 また、importinはHBcの他にHBVの転写に関わるタンパク質の核輸送も担っていることから、イベルメクチンにはHBcの核移行阻害以外の抗HBV機構が存在する可能性があります。イベルメクチンのHBV感染慢性期への影響や生体内での効果についてはさらなる検証が必要ですが、本研究はイベルメクチンの治療薬としての新たな可能性を示すものであり、HBVと宿主因子の相互作用の解明につながるものであると考えています。

【用語解説】

(※1)B型肝炎ウイルス(HBV):
血液や体液などを介して肝臓に感染するDNAウイルス。HBVはHBcが組み立てられて作られるキャプシドに格納されたゲノムDNAとそれを覆うエンベロープ抗原から構成されている。

(※2)核酸アナログ製剤:
HBVの逆転写酵素を特異的に阻害するためHBV DNAの産生は抑制できるが、逆転写酵素が関与しないHBs抗原の産生は抑制しない。また、HBV DNAの産生源となるcccDNAも減少させることができない。

(※3)cccDNA:
HBVに感染後、細胞核内で前駆体DNA (rcDNA)より形成されるHBVに特徴的なゲノムDNA。Pre-genomic RNAや種々のウイルスタンパク質を作るmRNA産生の鋳型となる。既存の治療薬ではcccDNAの除去ができないため、完治が困難である。

(※4)HBs抗原:
HBVの外殻を構成するエンベロープタンパク質。三つのドメイン(preS1、preS2、S)から構成され、preS1ドメインにある一部のアミノ酸領域が肝細胞への侵入に関与している。近年、HBs抗原値と発がんとの関連が注目され、HBs抗原の陰性化は治療成功のために重要である。

(※5)イベルメクチン:
放線菌から単離されたアベルメクチンを化学修飾して合成された化合物。グルタミン酸クロライドチャネルを阻害することにより駆虫効果を発揮するため、疥癬(かいせん)やオンコセルカ症の治療薬として使用されている。近年、importin α/βが関与する核内輸送経路を特異的に阻害することにより、HIV-1やデングウイルス感染を阻害することが報告されている。

(※6)importin α/β:
核-細胞質間のタンパク質の輸送を担う。Importinはkaryopherinとも呼ばれており、αとβのサブユニットを有している。Importin αは基質特異性の異なる七つのサブタイプ(karyopherin α1-7, KPNA1-7)に分類される。Importin αは基質タンパク質上に存在する核移行シグナルという特定のアミノ酸配列を認識し、基質タンパク質と結合する。その後、importin β(karyopherin β1, KPNB1)と複合体を形成し、核内に輸送される。肝細胞ではKPNA7の発現が低かったため、本研究ではKPNA1–6およびKPNB1について解析を行っている。

(※7)NTCP強制発現肝がん細胞:
HBVを一過性に感染可能な肝がん細胞。HBVが肝細胞に侵入する際には細胞表面のNTCPという胆汁酸トランスポーターを利用する。これまでのヒト肝がん細胞では NTCPの発現が低下しており、HBV の感染能を持たなかった。本細胞は、遺伝子組み換え技術によりNTCP の発現量を強制的に増加させている。

(※8)ヒト肝キメラマウス由来肝細胞:
肝臓の90%以上を正常なヒト肝細胞に置換した特殊なマウスから採取した肝細胞。肝がん細胞株では一過性の感染しか評価できないため、より正確な評価には本細胞を用いる必要がある。

(※9)ドラッグリポジショニング:
既存の治療薬の新たな薬効を発見し、別の疾患の治療薬として開発する方法。既存の治療薬ではヒトでの安全性や製造方法などが確認されているため、通常の新薬開発に比べて迅速に薬を医療現場に届けることができる。

(※10)逆転写酵素:
cccDNAから転写されたpre-genomic RNAから、rcDNAを生成するために必要な酵素タンパク質。

 【研究助成】
 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
 日本医療研究開発機構(AMED)(JP21fk0310101)
 研究課題名:「実用化に向けたB型肝炎新規治療薬の探索及び最適化」
 研究代表者:田中 靖人(熊本大学大学院生命科学研究部 教授)
 研究期間:平成29年4月〜令和4年3月

 日本医療研究開発機構(AMED)(JP22fk0310518)
 研究課題名:「実用化に向けたB型肝炎新規治療薬の開発」
 研究代表者:田中 靖人(熊本大学大学院生命科学研究部 教授)
 研究期間:令和4年3月〜令和7年3月

 【論文タイトル】
 Ivermectin Inhibits HBV Entry into the Nucleus by Suppressing KPNA2
(イベルメクチンはKPNA2を抑制することでHBVの核への侵入を阻害する)

 【著者】
 Anna Nakanishi 1,†, Hiroki Okumura 1,†, Tadahiro Hashita 1,2,*, Aya Yamashita 2, Yuka Nishimura 2, Chihiro Watanabe 2, Sakina Kamimura 2, Sanae Hayashi 3,4, Shuko Murakami 3, Kyoko Ito 3, Takahiro Iwao 1,2, Akari Ikeda 5, Tomoyasu Hirose 5, Toshiaki Sunazuka 5, Yasuhito Tanaka 3,4,*, and Tamihide Matsunaga 1,2

 1 名古屋市立大学大学院薬学研究科 臨床薬学分野
 2 名古屋市立大学大学院薬学部 臨床薬学教育研究センター
 3 名古屋市立大学大学院医学研究科 病態医科学分野
 4 熊本大学大学院生命科学研究部
 5 北里大学大村智記念研究所
 *  責任著者
 † 共同第一著者

 【掲載学術誌】
 学術誌名:Viruses
 DOI番号:10.3390/v14112468
 参考 URL:https://www.mdpi.com/1999-4915/14/11/2468

 【研究に関する問い合わせ】
 名古屋市立大学 大学院薬学研究科 講師 坡下 真大(はした ただひろ)
 名古屋市瑞穂区田辺通3­1
 TEL:052-836-3791  FAX:052-836-3792
 E-mail:thashita@phar.nagoya-cu.ac.jp

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