現代社会にメス~外科医が識者に問う
抜け穴だらけの医師の働き方改革
~医療現場の「真の声」届くのか~ ワーク・ライフバランス 小室淑恵さんに聞く(下)
河野 大学病院の医師の給料はものすごく安いので、バイトをしないと賄えません。その上、診療、研究、教育をすべてやらないといけない。今後の日本の教育・研究の主力を担う大学病院の助教の15%は研究を行う時間が全くなく、約半数は週当たりの研究時間が5時間以下にとどまっているという深刻な状況にあります。この働き方のまま時間だけが制限されると、給料が下がり、研究時間も取れなくなります。優秀な人材の流出も避けられないでしょう。アンケート調査結果を見ると、若手医師は労働環境を重視しています。労働環境が厳しい外科離れも進んでいます。外科医の平均年齢は50歳を超えました。国民の皆さま、政治家の皆さまに勤務医の現状を知っていただき、根本的な解決に向けて一緒に考えていただければと思います。
全国医学部長病院長会議「大学病院における医師の働き方に関する調査研究報告書(2023年2月)」より
小室 労働環境という点で非常に効果的なのは、1日の勤務終了後、翌日の出社までの間に一定時間以上の休息時間(インターバル)を設ける「勤務間インターバル制度」で、欧州ではすべての国で義務化されています。長時間労働による過労死・過労自殺が社会問題化したことで、日本でも2019年4月にようやく「努力義務化」されました。けれども罰則がないため導入企業はまだ少なく、早期の義務化が求められます。
◇NP制度導入が起爆剤に
小室 また、医師の労働時間短縮のための取り組みの一つに「タスク・シェア/シフト(医療従事者の合意形成の下での業務の移管や共同化)」があります。その具体案として、医師の指示を受けずに一定のレベルの診断・治療を行うことができる診療看護師と呼ばれる看護師資格「ナース・プラクティショナー(以下NP)制度」が米国の公的制度としてあります。米では1960年代にでき、現在では世界各国で導入されています。
日本では2008年に大学院修士課程NP養成コースが開設され、現在の認定者数は759人(2023年4月)と増加している一方、一部の医療関連団体の反対により法整備が進んでいません。医師がNPに仕事を奪われるという危機感が先に立ち、阻害した結果、業界の多忙・人手不足を解決できず、かえって自分たちの業界に若い人が来ない状態をつくってしまっています。NPを国家資格にすることは、むしろ優秀な若い人たちが医療業界を目指す起爆剤となり、若い医師のモチベーションアップにもつながります。NP制度の導入は医師が前面に立って推進するべき改革だと思います。
2018年からNPを導入している長崎大学病院心臓血管外科・診療看護師「病院の働き方改革シンポジウム」(長崎大学主催2024年2月28日)発表資料より
◇固定観念捨て声上げよう
河野 最後にメッセージをお願いします。
小室 医師本来の大切な仕事に専念するために、医師の方々には固定観念にとらわれず、「この仕事はなくしてほしい」と、もっと声を上げていただきたいのです。病院全体の仕組みやルールを大きく変えたり、国の制度を変えたりすることももちろん重要ですが、小さなことでも現場の困り事を一つ一つ解決していくことが医療者の離職防止に直接つながります。日々多くの病院で成果が出ています。やり方さえ分かれば自分たちでできることもたくさんあります。まずはチャレンジです。小さな規模で取り組む際にも気軽に声を掛けてください。サポートに行きます。
医師の働き方改革のスタートにより、さまざまなところで前向きなブレークスルーが生まれることを期待しています。(了)
聞き手・企画:河野恵美子(大阪医科薬科大学医師)、文:稲垣麻里子
【注】
※1) 令和元年度学校教員統計調査(文部科学省)
小室淑恵(こむろ・よしえ)
ワーク・ライフバランス代表取締役社長。
ワーク・ライフ・バランスのコンサルティングを 3000 社以上に提供し、労働時間の削減や有給取得率の向上だけでなく、業績の向上、社員満足度の向上、自己研さんの増加、企業内出生率の上昇を実現。長時間労働体質の企業を生産性の高い組織に改革する手腕に定評がある。医療現場の働き方改革コンサルティングを50組織に行ってきた。安倍内閣の産業競争力会議民間議員、経済産業省産業構造審議会、文部科学省中央教育審議会、環境省「働き方改革」加速化有識者会議の委員、厚生労働省「上手な医療のかかり方を広めるための懇談会」構成員などを歴任し、国のスタンス変更への働き掛けも行っている。直近では、企業側から男性への育休取得の打診を義務化する法改正にも携わった。
河野恵美子(こうの・えみこ)
大阪医科薬科大学一般・消化器外科医師。
2001年宮崎大学を卒業。2006年に出産し、1年3カ月の専業主婦を経て復帰。2011年「外科医の手プロジェクト」を立ち上げ手術器具の研究を開始、2015年に2人の女性外科医と消化器外科の女性医師を支援する団体「AEGIS-Women」を設立。2020年に内閣府男女共同参画局「令和2年度女性のチャレンジ賞」を受賞。2022年「手術執刀経験の男女格差」の論文をJAMA Surgeryに発表。同年、パブリックリソース財団「女性リーダー支援基金~一粒の麦~」を受賞。厚生労働省医学生向け労働法教育事業の委員。TEDxNambaにも出演。
(2024/04/10 05:00)
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