Dr.純子のメディカルサロン

危機管理から読み解く組織の健全化

 田中辰巳さんは企業の危機管理の草分け的存在です。20年ほど前に「企業 こころの危機管理」(文芸春秋)という本を共著で発表したことがあります。今回はフジテレビ問題をきっかけにして、同社のみならず、日本企業の抱える問題点について、企業としてのガバナンスやDEI(多様性・公平性・包括性)を含む危機管理の視点からお話していただこうと思います。

(聞き手・文 海原純子)


記者会見するフジテレビ幹部=1月27日(東京都港区)

記者会見するフジテレビ幹部=1月27日(東京都港区)

 海原 1月27日にフジテレビの10時間を超える記者会見がありました。その後、週刊文春が報道を訂正して、A氏の設定した食事会ではなく中居正広さんから誘われたことが判明しました。文春に非難が向けられていますが、そもそもフジテレビがコンプライアンス部門で内容を調査し、はっきりとした事実を確認して会見で公表していれば、10時間もの会見が短縮されたかと思います。一番の問題は組織ガバナンスやハラスメント対応のシステムが作動していないことにあると思いました。

 田中 そうですね。今回の事案はフジテレビのコンプライアンス部門に情報が入っていなかったことが組織の機能不全であり、間違いの始まりだと思います。

 再発防止策として真っ先に打ち出すべきは、コンプライアンス部門に本人および経営陣から情報が入るようにすることでした。それが会見では語られていません。ハラスメントへの対応をズブの素人である経営陣が、勝手に「女性のプライバシーの保護や心身のケアを優先する」などと判断したことです。被害女性の心理は時間とともに変化しますし、被害を受けた直後の言葉は本音かどうかも分かりません。従って、被害者の心理を慎重かつ丁寧に観察しなければなりません。そのプロセスが無かったことが最大の問題点だと思います。

 また、フジテレビはハラスメントへの正しい対応を情報開示していません。まともな上場企業ならば「コンプライアンス部では厳しい情報管理の下に、被害者を支援するプログラムを用意しています。被害者の希望を聞いた上で、刑事告訴や民事告訴、示談あるいは加害者への処罰などから、対応の方針を選んでもらいます。構成員は社外の心療内科の医師、カウンセラー、弁護士などです」というような内容になるはずです。

 ◇グローバルなスタンダードから立ち遅れる企業の姿勢

 海原 自社のホームページ上で企業がどのようにDEIに関する対策をしているかを情報公開することは必須です。現在、世界のスタンダードでもありますが、そのあたりの認識が日本企業は不足していると言えますね。営業や利益については雄弁に語られるのにハラスメントや多様性に関しては軽視される傾向が強いと感じます。

 私はこの3年間、英国の投資ファンドが企業に求めるメンタルヘルスベンチマークをつくる仕事をしてきました。その中で企業のトップが旗振り役になり、自分がトップを務める企業だけでなく、関係する企業や地元地域の人々や環境にも配慮し、公平でハラスメントや差別のない、気持ち良く働く場を提供する指標をつくり、企業を評価するというものです。いわゆるウェルビーイング経営に関してのこの指標により、毎年10月、グローバル企業100社がランキング評価され、投資家たちの注目を浴びています(https://medical.jiji.com/topics/3403)。

 一方、日本ではこうした動きに鈍感です。「職場を気持ちよく働ける場にすることが利益を上げる企業になるカギ」という視点ですが、日本ではそうした視点は少ないですね。その理由はどこにあるのでしょうか。

ハラスメントや多様性が軽視される傾向が強い(イメージ)

ハラスメントや多様性が軽視される傾向が強い(イメージ)

 ◇「骨を折り働くのが仕事」という視点の日本企業

 田中 日本の企業においてウェルビーイングやポジティブサイコロジーへの関心が低い理由は、仕事を労働すなわち「骨を折り働くこと」(広辞苑)と捉えているからです。本来ならば「楽働」とか「活働」にするべきで、厚生労働省も厚生活働省に名称を変更するべきです。ドジャースの大谷翔平選手は野球を楽しんでいます。だから、あれだけの活躍ができているのだと思います。それを支えているのは、米国流の科学的な心身の支援プログラムです。日本の企業も学んでもらいたいものです。

 海原 企業風土として女性蔑視のような空気が日本社会にまん延していますが、例えば、「女性はわきまえたほうがいい」などの意見も聞くし、職場や懇親会でのわい談に対して文句を言うとかえって嫌われる雰囲気があります。

 田中 女性蔑視の企業風土は、封建的な武家社会の名残だと思います。あるいは儒教の名残とも言えます。ちなみに今でも自分の会社のことを「うち」と言う人がいますよね。家意識の名残が感じられますね。そんなものが企業に残っているのは、終身雇用や年功序列を重んじてきたからだと思います。すなわち“主従”というヒエラルキーが、つい最近まで主流だったからに他なりません。 転職が盛んになってきた昨今は少しだけ変化が見られますが…。

 海原 風通しのいい組織をつくるには縦型ピラミッドの組織を横型に変えていく必要もあると思いますが、日本ではかなり難しいように思います。権力を持つ人にものを言えなくなる傾向も強いのですが、どうすればいいでしょうか。

 田中 権力者側の意識を変えていくことが、風通しの良い組織をつくる近道だと思います。 組織の正常化はガバナンスの課題ですから、社外取締役や監査役が監視をして改善を促すべきです。従って、判断力や実行力のある社外取締役や監査役を選任することから始めなければなりません。

 横型の組織よりもマトリックス型の組織の方が効果的です。異なる二つの指揮命令系統があると、独善的な判断や命令はしにくくなります。私が勤務していた頃のリクルートは、それによって急成長を遂げていました。

 海原 社外取締役が縁故者や知り合い、お友達、有名人で固められてしまう傾向を変えていけるかもカギになりそうです。(了)

田中辰巳氏

田中辰巳氏

 田中辰巳(たなか・たつみ) 53年愛知県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、83年リクルート入社。秘書課長、広報課長、総務部次長、業務部長を経て94年退社。95年ノエビア入社、宣伝部長、社長室長。97年同社を退社後、リスクヘッジ設立、現在取締役会長。一部上場企業のクライアントは多数。一業種一社を守り東奔西走の日々。著書に「『危機にあいやすい人』の心理と回避術」(講談社)、「企業危機管理 実戦論」(文春新書)等がある。

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