一流に学ぶ 「女性外来」の先駆者―対馬ルリ子氏

(第1回)
生き別れになった双子の妹
30年間、別々の人生歩む



対馬ルリ子氏
 対馬ルリ子氏は1958年、弘前大学医学部講師の父と専業主婦の母の長女として誕生した。父は対馬氏が4歳の時、大学のあった青森県弘前市から八戸市に転居。専門科目の耳鼻科医院を開業した。「実はね、出生の秘密があったんです」と対馬氏。「生まれたときは双子だったんですよ。それがすぐに引き離されて」と話す。

 祖先は仙台(伊達)藩の藩医。対馬氏が生まれた当時、祖父は弘前大医学部長で、祖母も厳格な人だった。祖父母は対馬氏の母親が双子を妊娠したと知ると、知人の同じ大学の教授に託すよう伝えたという。

 母親は必死に抵抗したが、当時は双子に対する偏見もあった。「20歳で結婚した若い嫁に双子の育児は難しいから」と説得されてしまった。一卵性双生児の妹は出生直後、祖父の家の隣に住む教授に預

幼稚園児の頃、デパート屋上の遊び場で
けられ、その家の実子として育てられた。一方の対馬氏は、4歳違いのもう一人の妹と2人姉妹として育った。

 しかし、対馬氏が両親と住む弘前市内の自宅は、祖父母宅から歩いて5、6分の距離にあった。「3歳の時、祖父の家に1人で行ってしまい、親が探しに行くと、隣の家にいた双子の妹と2人で遊んでいたというんです」と対馬氏。「『これはいかん』ということで、2人を離して育てるため、私が4歳の時にわが家は八戸市に引っ越したそうです」

 対馬氏と双子の妹はその後、約30年間、顔を合わすこともなく別々の人生を歩んだ。

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