一流に学ぶ 角膜治療の第一人者―坪田一男氏

(第5回)血清点眼でドライアイ治療=世界初のモデルマウス誕生

ドライアイの研究を進める上でネックになったのが、研究用の「一般的なドライアイのモデルマウス」をつくれないことだった。乾燥したオフィスでパソコンを凝視して目が乾いてしまうドライアイと同じタイプのマウスがないために、実験ができないのだった。

◇世界診断基準を作成

 「マウスは本を読まないし、長時間パソコンを見続けることもしませんからね。そこで、ブランコに乗せる方法を思い付きました。揺らせば必死にしがみついてバランスをとるために目を見開くでしょう。そこに扇風機で風を当てる。こうして、VDT作業で発症するドライアイと同様のモデルマウスが完成しました」

 世界初のVDTタイプのドライアイマウスの誕生で、今後のドライアイ研究はさらに進むことが期待されている。

ドライアイ研究会では、一般社会への啓発とともに、全国の眼科医に対してもドライアイ診療に関する情報を広く普及させるために、定期的な研究会や講習会を開催している。ホームページには、ドライアイの診断や治療を積極的に行う全国の医師のリストを掲載した。

「当初は30人だった会員も、現在は他科の医師や研究者も含めて約600人に増え、どんどん輪が広がっています」

ドライアイという言葉の認知度が高まったのは、坪田氏らの活動に負うところが大きい。1994年には日本独自のドライアイの定義と診断基準をまとめ、2005年には坪田氏がリーダーシップをとり、ドライアイの世界診断基準も作成した。2013年の世界のドライアイ研究者ランキングで坪田氏は1位に選ばれた。27年間に190の研究論文を発表してきたことが認められた。

(ジャーナリスト・中山あゆみ)


→〔第6回へ進む〕角膜が足りない日本=苦肉の策で米から輸入

←〔第4回へ戻る〕留学中にドライアイ発覚=生涯の研究テーマに

 

 

  • 1
  • 2

一流に学ぶ 角膜治療の第一人者―坪田一男氏