一流の流儀 「海に挑むヨットマン 」 白石康次郎 海洋冒険家
(第3回)「俺についてこい」
伝説のヨットマンに弟子入り
白石孝次郎さんの師匠、故多田雄幸さん
「スピリット・オブ・ユーコーⅣ」は、ヴァンデ・グローブのレースを戦った白石康次郎さんのヨットの名だ。「ユーコー」とは、白石さんが高校生の時に弟子入りした故多田雄幸さんを指す。「多田雄幸の精神を受け継いだ4代目のヨット」という意味になる。
多田さんは第1回BOCチャレンジ(現在のアラウンド・アローン)という単独世界一周レース・クラスⅡで優勝した伝説の日本人ヨットマンだ。仲間と手づりした「オケラ5世号」で、横転や座礁などの苦難を乗り越え、自分で修理をしながら走破したこの日本人は、ヨーロッパでも驚きを持って迎えられ、一躍有名になった。彼の航海記を読んで、白石さんは多田さんに弟子入り。こんな師弟関係が今どきあるのかと驚くほど、家族のように濃密な時間を共にしながら、白石さんは冒険家としての一歩を踏み出した。
多田さんへの熱い思いを語る白石さん
「高校3年生の時、『ヨットで世界一周をしてみたい』という気持ちが強くなって、冒険家の本も手当たり次第読んでみました。圧倒的に面白かったのが、多田さんの『オケラ五世優勝す-世界一周単独ヨットレース航海記 (文芸春秋刊)』でした。この人に直接会って、話を聞いてみたいと思いました」
鎌倉から電車に乗って東京駅に行き、構内の公衆電話コーナーにある電話帳で多田雄幸という名前を探し当てた。「昔はのんびりした時代で、こんな有名人の電話番号も載っていたのです。でも、いくらかけても多田さんは出ず、その後もなかなか電話がつながりませんでした」
「ハーイ、分かりました」と多田さんは明るく答え、自宅の住所を教えてくれた。数日後、白石さんは酒を2本持って、制服姿で多田さんに会いに行った。「よう来なさったのう」。多田さんは出身地である新潟県長岡市のなまりが残る優しい言葉で、暖かく迎えてくれたという。
白石さんが操る「スピリット・オブ・ユーコーⅣ」
白石さんの行動力、そして高校生が酒を手土産に持っていこうと考える発想もすごい。「こういうところは昔から気が利くのです」。偉ぶるところがまったくない多田さんに、さまざまな質問をし、最後に「ヨットに乗せてほしい」と頼むと、「今度、乗りに来なせいや」と答えてくれた。そして、師弟関係が始まった。
白石さんは神奈川県立三崎水産高校の本科を卒業し、専攻科の機関科に進んだ。「世界一周」の夢をかなえるために、取得できる国家資格の3級海技士や機関1級小型船舶操縦士、2級ボイラー技士、丙種危険物取扱者、ガス溶接船舶衛生管理者、第3種冷凍機械、移動式クレーン運転士、特殊無線技士(無線電話甲・レーダー)などを片端から取った。
「本当に世界一周をする気があるのなら、俺についてこい」。卒業を控えた白石さんの進路に話が及んだ時、多田さんはこう言ってくれた。20歳で実家を出た白石さんは、多田さんのレースをサポートしながら修行を積み、自分の夢に一歩一歩近づいていった。(ジャーナリスト/横井弘海)
(2018/10/30 12:52)