「医」の最前線 行動する法医学者の記録簿
現状を直視、次の災害へ対応進める
~能登検案活動の問題と課題―日本法医学会~ 【第7回】
シンポジウムで地元の法医学者としての活動状況を報告する水上創・金沢医科大学医学部教授=2024年6月5日、岡山市【時事通信社】
◇圧迫死に加え低体温症、焼死も
水上創・金沢医科大学医学部教授
1月3日に東京から北陸新幹線で金沢に戻り、大学で備品をピックアップして警察車両で輪島に向かった。道路はひび割れしたり、段差ができたりしていた。あちこち渋滞しており、輪島署に到着したのは午後7時ごろ。署は停電していた。
検案場所はまだ開いているということで、廃校になった中学校に向かい、体育館の遺体安置所で検案活動を開始した。正式派遣前の0次(先遣隊)という扱い。
第1次派遣組に引き継ぐ6日までの検案数は、28件プラスアルファ。プラスアルファには、病院で死亡診断書が発行されて、警察が検視しているのを横で見させてもらったものなどが入っている。クラッシュ症候群の診断が付けられた方もいた。
検案では、体が圧迫されて顔がうっ血しているご遺体が結構あった。下敷きとなった建物から運び出された方で、調べてみると頭蓋内損傷だったり、胸腔内損傷だったりといったものも。
一方、がれきの下から発見され、6日に検案したご遺体は硬直が強く、針を刺して心臓血を採ると、右と左で色調差が出た。このため、物に挟まれてしばらく生きているうちに凍えて死亡したとみられる例が含まれていることが分かった。
外傷で亡くなっている方に加えて、低体温症も何割かいるということや、(少ないながら)焼損遺体もあった。状況は法医学会の対策本部に逐一報告し、情報を共有した。
6日深夜に金沢に帰還し、7日に池松庶務委員長らとズームで対策会議を実施。後方支援をやってほしいと言われ、「のと里山海道」の入り口にある金沢医科大学を、派遣医師に水や食料、資材などの物資を補給する拠点にすることが決まった。
地震により焼失した朝市通り周辺で、手を合わせる人=2024年6月30日、石川県輪島市【時事通信社】
高台にある大学は地震によるダメージは受けておらず、教室のスタッフがいろいろ買い込んで準備した。現地は明かりが少ないため、スタンドなども用意した。食料や水は持参する人が多かったが、衛生用品、例えば携帯トイレのほか、顔や体を拭く使い捨ての汗拭きのようなものは、こちらから結構持って行かれる人がいた。
後日、身元特定に関連して、輪島の住宅火災現場から収容された骨片などが大学に持ち込まれ、DNA試料の採取などを行った。高度焼損遺体の人定をどうするかという問題は、恐らくこの後も出てくるだろうと思う。
また、災害時には電気が使えないので、死体検案書は手書き複写式のものが各所に準備されていないと苦労することになるだろう。
◇雪を溶かして検案用の水確保
第1次派遣の一員として珠洲市に入って活動した状況を報告する兵頭秀樹・福井大学医学部教授=2024年6月5日、岡山市【時事通信社】
兵頭秀樹・福井大学医学部教授
法医学会第1次派遣(4人)の一員として、珠洲に入った。1月6日午前8時に石川県警本部集合。駐車場で資材を輪島班、珠洲班と分け、派遣メンバーが2人ずつ警察車両に分乗して出発した。
普通なら2時間40分で行くところが、現地到着まで8時間。本当に道が全部割れており、段差を確認しながら徐行する必要があったので、ものすごく時間がかかった。途中、道の真ん中の地割れに挟まれた軽トラックを助けたりもした。
珠洲は道路の電気が消えている状態だった。宿舎は珠洲署。電気は通じていたが、断水しており、携帯電話はつながりにくく、法医学会との連絡に難渋した。
検案所は閉園した保育園で、雨が降ると雨漏りするためバケツでしのいでいた。
2日目に雪が降り、鍋に雪を入れて(ストーブで)溶かして水が取れたのは幸いだった。きれいな水でご遺体を洗うことができるので、観察がしやすくなる。一緒に行った石川県警や岐阜県警の警察官が一生懸命水を作ってくれた。
検案所内には二つの検案台が設けられた。検視・検案は、両県警の検視チームと検案医各1人の2班が並行して実施。互いに協力し、非常にスムーズに行われた。
検視・検案が終わったご遺体は、警察の方がすのこに乗せて、プレイグラウンドの向こうにある別棟に移動し、棺の中に納めていった。
珠洲では計50のご遺体を検案させていただいた。圧死が非常に多く、低体温で亡くなられた方もいた。ご遺体の中には、股関節の骨折で足の長さが異なる方も見られた。
締めくくりのあいさつをする神田芳郎・日本法医学会理事長=2024年6月5日、岡山市【時事通信社】
◇今後も対応検討する
神田芳郎・日本法医学会理事長
厳しい中、今回の震災で派遣に応じていただいた先生方に感謝申し上げる。これからどういうことが起こるか分からないが、首都直下型地震とか南海トラフ地震といった可能性もある。そのような事態にも法医学会として対応できるよう検討していきたい。
◇ ◇ ◇
シンポジウムの質疑応答では、池松氏の報告に関連して会員から「今後の災害では、法医学者自身が被災する事態も出てくるだろう。地元から発信できない、連絡が取れない危機的状況ではどうするのか」との質問があり、池松氏が「早速検討したい」と回答した。(時事通信解説委員・宮坂一平)
(2024/07/18 05:00)
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