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第5回 乳がんの手術、温存か全切除か
「浸潤」なければリンパ節は取らないのが基本 東京慈恵会医科大の現場から

 乳がんの治療で手術を考える際には、初めに乳がんが乳房のどこから出てきて、どのように進行していくのかを理解することが、とても大切です。ここで乳房の構造からおさらいしておきましょう。

 女性の乳房は「乳腺」という臓器と、それを支える脂肪組織などから成っています。乳腺は、母乳をつくる「腺細胞」と、つくられた母乳が通る「乳管」という管からできています。腺細胞が集まると「小葉(しょうよう)」と呼ばれます。

 乳がんはこの乳管、あるいは小葉から発生する悪性腫瘍で、乳管由来が大半を占めています。

 腺細胞と乳管は1層に並んでおり、その外側には筋上皮細胞という小型の細胞があって、基底膜という膜で裏打ちされています。

 しかし、乳管や小葉で正常な細胞ががん化すると、がん細胞は見境なく増殖し、周囲の組織へ食い込んでいきます。がん細胞が基底膜を破って乳管や小葉の外にも出ていくことを「浸潤(しんじゅん)」と言います。

 ◇血管やリンパ管に入り込むと「転移」も

 浸潤したがん細胞の周囲には、血管やリンパ管もあります。そこに増殖したがん細胞が入り込むと、血液やリンパ液に混じり、乳房の外に流れ出て、流れ着いた先で、また増殖していきます。この現象を「転移」と言います。

 浸潤したがんは、リンパ管を介した場合はリンパ節に、血管を介した場合は骨や肺、肝臓、脳などの臓器に転移する可能性があります。つまり、非浸潤がんか浸潤がんか、同じ浸潤がんでも転移がないかあるかによって、がんの進行度は大きく異なります。

 がんに関わる遺伝子を検査、診断する最新の技術が進んでいる現時点でも、乳がんがどれだけ進行しているかを示す「病期」のステージ分類は、治療方針の決定に重要な役割を果たしています。手術はその病期を確定する意味でも重要な位置を占めています。

 乳がんの病期は具体的には、しこり(腫瘍)の大きさ(T)、リンパ節への転移の有無(N)、他の臓器への転移の有無(M)の3要素に基づいて評価されます。この解剖学的な「TNM分類」の評価に基づいて、ステージ0からステージⅣまで分類されているのです。

 乳がんの治療で手術を選択する場合、浸潤がなければ、乳腺だけの手術です。浸潤があれば、乳腺とリンパ節に対する手術が必要になります。乳腺に対する手術は、がんの病巣を完全に取り切ることが大前提です。

 血液を介して他の臓器に転移したがんに対しては、通常、全身への薬物治療が行われ、手術が第一選択となることはありません。

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