こちら診察室 介護の「今」

家族の厳しい要求の裏に 第39回

 ◇娘の言葉の裏にあるもの

 事務所に戻ったケアマネジャーは、前任者の記録を読み返しながら、娘の気持ちを整理してみることにした。推測も含まれるが、浮かび上がってきたのは次のようなものだ。

 ①母親の介護を自分だけが担わされている重荷

 ②これだけやっているのに「ねぎらわれていない」という不全感

 ③自宅に居続けたい母親の願いと入退院の繰り返しで落ちていく生活力とのジレンマ

 ④自分が通えなくなったら母親の生活が立ち行かなくなる焦り

 ⑤母親はぼけたふりをしているという認知症の未受容

 ⑥母親との関係性の修復願望

 ⑥は明らかに推測だが、生活史を通じ他の姉妹に比べ、母親との関係が良好ではなかったのではないか。だから献身的な介護サービスに対する指示命令で、失われた関係性を取り戻したいのではないか。

 ◇ヘルパーたちの会議

 ケアマネジャーは、高圧的な娘の矢面に立たされているヘルパーたちと会議を設けた。

 予想通り、「まさか、朝のあいさつと一緒に、『パンツを履いていますか?』とは聞けませんよね」などと、ヘルパーたちは不平や不満を並べ立てた。

 この集まりを不満を吐き出すだけの場にはしたくないと思ったケアマネジャーは、頃合いを見て、次のように質問を投げ掛けた。

 「娘さんは、どういうお気持ちで私たちに細かい要望を出し続けているのでしょうか?」

 その問い掛けに対し、「自分のやりたいようにやってもらわないと、気の済まない性格なのよ」とか、「私たちをお手伝いさんだと思っているのよ」など、娘の言動に否定的な意見が最初は多かった。

 しかし、やがて「母親のことを本当に思っているから細かいな要求になるのではないか」「あんなに頑張っているのに、母親にも姉たちにもねぎらってもらえないのは、とてもつらいことかもしれない」などと、娘の気持ちを察する発言が交じるようになっていった。

 ◇娘同席で会議

 会議を経て、ヘルパーたちの気持ちに変化が生まれた。だが、事態はそう簡単には改善しなかった。
娘からの要望や苦情はすぐには収まらなかった。ヘルパーの小さなミスを取り上げ、「プロなんでしょう。どう始末をつけるの!」と、強烈な抗議を受けたこともあった。

 しかし、ヘルパーとケアマネジャーは、抗議にくじけそうになるたびに集まり、吐き出し、聞き合い、次の日からのサービスに臨んでいった。

 娘が同席する会議も何度か開いた。

 その会議では、娘の要求に関する議題よりも、「娘さんがいないとお母さまは不安がられて」「お母さまは、『娘は本当に良くしてくれる』とおっしゃられるのですよ」などと、母親の感謝の気持ちを娘に伝えるようにしていった。

 ◇娘の変化

 そうして時間が流れ、娘の注文は減少した。ついに、「もう細かいことを言わなくても大丈夫ね」と、娘はケアマネジャーに語った。ケアマネジャーが満面の笑みで、その言葉をヘルパーたちに伝えたことは言うまでもない。(了)

 佐賀由彦(さが・よしひこ)
 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。中でも自宅で暮らす要介護高齢者と、それを支える人たちのインタビューは1000人を超える。

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