慢性甲状腺炎(橋本病、自己免疫性甲状腺炎)〔まんせいこうじょうせんえん(はしもとびょう、じこめんえきせいこうじょうせんえん)〕 家庭の医学

[原因]
 橋本病は、バセドウ病と同様に自己免疫の異常による病気です。リンパ球が甲状腺のなかに入り込み、そこで自己免疫性の炎症を起こして甲状腺組織を障害します。この組織破壊が高度になると、甲状腺ホルモンの合成ができなくなり、機能低下におちいります。
 リンパ球は直接に、あるいは各種のサイトカインや甲状腺組織に対する抗体によって組織を破壊すると考えられています。この病気も女性に多く、また加齢に伴って増加します。中年以降の女性では数%がかかっているといわれますが、甲状腺機能が低下するまでに至るのはそのうち10%以下で、ほとんどは無症状で経過します。

[症状]
 多くの場合、甲状腺にはさまざまな程度にびまん性の比較的かたい腫れがみられますが、逆に萎縮することもあります。機能が低下すると、バセドウ病とは逆に代謝が低下するので、体重は増加傾向を示します。進行すると寒がりになり、疲れやすく便秘がちになります。気力、積極性が失われ、いつも眠く、居眠りが多くなります。
 また声が低くなり、早口で話すのが困難になり、聴力も低下します。顔つきもなんとなく生気がなく、ぼんやりとします。まゆ毛の外側の毛や頭髪もうすくなります。脈拍はおそくなり、体温も低下する傾向を示します。心臓の外側の心嚢(のう)に水がたまって心不全症状を示すことがあります。さらに記憶障害や精神症状があらわれ、高齢者では認知症とまちがわれることがあります。重症になると昏睡(こんすい)に至ることもあります。

[診断]
 甲状腺ホルモン濃度が低く、甲状腺刺激ホルモン(TSH)の増加で診断は容易です。橋本病では血液中には甲状腺の成分に対するいくつかの自己抗体が検出されます。甲状腺機能が低下すると、血中のコレステロールや中性脂肪が増加したり、肝酵素の増加を起こしやすく、肝臓病として治療される場合もあります。まれに小児でも橋本病による甲状腺機能低下がみられます。
 甲状腺機能低下があると、身体発育や精神発達も遅れます。甲状腺ホルモンは精神神経系や骨の成長にも必要なためです。

[治療]
 橋本病であっても甲状腺機能が正常なら治療の必要はなく、定期的なチェックで十分です。
 甲状腺機能低下がみられれば、甲状腺ホルモンの補給が必要になります。通常少量の甲状腺ホルモン(サイロキシン)から始め、血中の甲状腺ホルモンやTSHの濃度を測定しながら増量し、濃度が正常化したら、以後は一定量の甲状腺ホルモンを服用します。橋本病の病態自体は回復することはないので、一生にわたる服薬が必要となります。量さえ適切であれば、副作用はありません。甲状腺ホルモンを服用していても妊娠・出産・授乳に問題ありません。ただし、妊娠すると甲状腺ホルモンに対する需要が増すので、服用量をふやすことがあります。甲状腺機能低下状態では月経が不順になったり、妊娠しても流産の頻度が増加します。
 甲状腺ホルモンの濃度が正常化すれば、前述した症状は数カ月以内に消失し、日常生活にも制限はありません。ただし、ヨード分を含む食品(こんぶなど)の大量の摂取は避ける必要があります。甲状腺機能が正常な橋本病患者でもヨードを多量に摂取すると、簡単に甲状腺機能が低下してしまいます。ヨードは甲状腺ホルモンの材料として必要ですが、多量のヨードは甲状腺機能を抑制する作用もあるからです。

(執筆・監修:東京女子医科大学 常務理事/名誉教授 肥塚 直美)
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