放射線(電離放射線)による健康被害 家庭の医学

 電磁波も非電離放射線と呼ばれる放射線の一種ですが、通常放射線と呼ばれるものは電離放射線です。電離放射線には電磁波に分類されるX線やγ(ガンマ)線と、粒子線であるβ(ベータ)線、α(アルファ)線、中性子線があり、それらが物質を透過するときにその物質を構成している原子や分子に放射線のもつエネルギーが与えられ、原子や分子から電子を分離させる作用をもちます。
 電離放射線に被曝(ひばく)すると、まずもっとも低い線量でもみられるのが血液系の障害で、白血球や血小板の減少が起こります。皮膚が曝露(ばくろ)した場合、紅斑(こうはん)、水疱(すいほう)、潰瘍となり、全身症状としては疲労、頭痛、吐き気など、酔ったような症状になります。
 放射線による障害はこうした急性症状だけでなく、慢性障害があり、造血器の障害による貧血、出血傾向、皮膚の脱毛、潰瘍や無精子症、無月経になります。さらに長期には晩発性障害といわれる白内障白血病や皮膚、肺そのほかのがん、早期の老化、寿命短縮があり、また胎児の被曝による奇形など次世代への影響もあります。しかし、しばしば誤解がありますが妊娠していない母親が被曝後に妊娠しても将来の児の奇形を増加させることはありません。
 放射線の長期的な健康影響については、多くの知見が広島・長崎の被爆者の追跡調査から得られています。しかし、それらは数百ミリシーベルト(mSv)以上の放射線被曝線量の被爆者についての情報で、2011年の東京電力福島第一原子力発電所の事故で放出された放射線に被曝した人や、その後の廃炉作業に携わる人々で問題となる100mSv以下の低線量被曝にもあてはまるかどうかはわかっていません。国際放射線防護委員会(ICRP)は、高線量での観察から得られた線量と影響が直線的に相関するという結果を低線量にもあてはめたうえ(閾値〈しきいち〉なし直線仮説といいます)、便宜的に5mSvという基準を示しています。しかし、こうした前提を受け入れたうえでも、放射線の影響は男性と女性、年齢、1回曝露か複数回のくり返し曝露か、連続曝露かで異なることがわかっており、単純に1つの基準値で管理するのは合理的ではありません。
 実は大変悔やまれることですが、2011年の事故の際、実際の福島県民の被曝線量はほとんど測定されていませんでした。その後の総合的な調査で、あきらかな健康影響を生じる可能性があるほどの被ばくがあった人はほとんどいないと推測されていますが、特に半減期の短い放射性ヨウ素の内部被曝量を直接測定した情報はありませんでした。そこで福島県民健康調査で当時18歳以下であった福島県の子どもを対象に甲状腺の検査がおこなわれ、200人を超える甲状腺がんとその疑い症例が発見されました。しかし、これは原発事故の放射線のためというより、検査で潜在患者を掘り起こしたことによる過剰診断ではないかという意見が強くなっています。韓国では甲状腺の検診を始めたところ、特に放射線の被ばくがあるわけでもないのに見つかる甲状腺がんが急増したということが報告されています。小児の甲状腺がんの自然経過は非常に長く、生命に影響するような悪性状態にはあまりならないということがわかってきましたが、いっぽう甲状腺がんの治療では傷あとが残り、以後生涯甲状腺ホルモンの補充療法をやめることができない、などの問題があり、検診の弊害が議論されるようになってきました。さらに現実の福島では、故郷を追われた人々が仮設住宅や避難先での不便で不安定な生活、頻回の移住を強いられ、それがもとで健康を害し、命を失う人も少なくありません。もちろんこれらは直接の放射線の影響ではありませんが、実際の対策を考えるうえでは重要な要素です。
 原子力関係施設の事故や職業上の被曝などを除くと、ふつうの人が放射線に被曝する最大の原因はラドン、そして医療被曝です。
 ラドンは、ラジウムがこわれてできるガスでα粒子を出します。通常、粉じんに吸着したかたちで肺に吸入され、肺がんの原因になります。建物のコンクリートや土などにもラジウムが極微量含まれていますが、自然の土石に含まれるラジウムの量は地域差が大きく、曝露量について一概に論じることはできません。長く閉め切っていた部屋を換気することは、その部屋で吸い込むラドンを減らす効果があります。
 日本人は欧米の倍以上、医療被曝の量が多いという指摘が海外の研究者から相次いで報告されています。人口あたりのCT撮影装置の数はOECD諸国平均の4倍以上であり、海外では少ない胃のバリウム検査など、日本人の医療被曝の機会は多く、また日本の医療保険や健診制度もそれに拍車をかけ、結果、放射線を使った検査が原因で、新たにがん患者が発生している可能性があります。もちろん装置の改良など医療被曝線量を減らす努力がさまざまになされていますが、漫然とおこなわれる形式的な検査、「念のために調べておきましょう」といった検査は再考慮が必要です。いっぽう、そうは言っても個々の検査による被曝量は限定的なものですから、現在の疾患に対して医療上具体的に必要があると判断された検査については、長期的な被曝の影響を考えてためらうのではなく受けることをおすすめします。

(執筆・監修:帝京大学 名誉教授〔公衆衛生学〕 矢野 栄二)
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