ヘリコバクター・ピロリ感染とその影響
かつて胃の中には細菌は生息できないと考えられていましたが、1983年に胃からヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)という細菌が発見されました。その後の研究により、ヘリコバクター・ピロリはそれまで加齢や生活習慣によるものと考えられていた慢性胃炎や、再発をくり返す胃・十二指腸潰瘍のおもな原因であることがあきらかになりました。この細菌は、ウレアーゼという酵素を使ってアンモニアを生成し、胃内の強酸性環境から自らを守る能力を持っています。
現在では、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の多くがヘリコバクター・ピロリ感染と関係があることがわかっています。この発見により、消化性潰瘍の治療法は大きく変革を遂げました。ヘリコバクター・ピロリの除菌治療は、プロトンポンプ阻害薬(PPI)やカリウム競合型酸分泌抑制薬(P-CAB)と2種類以上の抗菌薬を組み合わせて1週間おこなわれ、これによって再発潰瘍の予防が期待されています。
ただし、ヘリコバクター・ピロリの除菌が成功しても、再発潰瘍が完全に防げるわけではありません。鎮痛薬などの薬剤による潰瘍、そして特発性潰瘍(ヘリコバクター・ピロリ感染や薬剤服用と関係しない潰瘍)の存在や、長期にわたる生活習慣の影響も再発に関与している可能性が示唆されています。
さらに、ヘリコバクター・ピロリ感染は胃がんの発生リスクを高めることがあきらかになっています。特に、萎縮性胃炎や腸上皮化生(腸と似た細胞に変化する)を伴う胃では、除菌によりリスクの軽減が期待されます。わが国では、胃がん予防を目的として、2013年からヘリコバクター・ピロリ感染者への除菌治療が保険適用となり、多くの患者がその恩恵を受けています。
除菌治療後も、胃がんや消化性潰瘍の発症リスクがゼロになるわけではありません。そのため、治療後も定期的な内視鏡検査をおこない、リスクのモニタリングを続けることが重要です。また、抗菌薬耐性菌の増加により、除菌治療の成功率が地域や患者の状況によって異なるため、今後はさらに効果的で持続可能な治療法の開発が求められています。
(執筆・監修:自治医科大学医学教育センター 医療人キャリア教育開発部門 特命教授/東北大学大学院医学系研究科 消化器病態学分野 准教授 菅野 武)