胃潰瘍・十二指腸潰瘍(消化性潰瘍)〔いかいよう・じゅうにしちょうかいよう(しょうかせいかいよう)〕 家庭の医学

 胃や十二指腸の粘膜が傷つき、部分的に欠損した状態が潰瘍です。胃にできた場合を胃潰瘍、十二指腸にできた場合を十二指腸潰瘍といい、両者をあわせて消化性潰瘍といいます。
 消化性潰瘍は、胃がんにくらべて若年でよく見られ、胃ではなかほどの屈曲している「胃角部」、十二指腸ではそのはじまりのふくらんだ部分である「球部」によく発生し、しばしば1つではなく多発します。また、あたたかい時期よりも冬季に発生し、季節的に発生頻度に差があることも特徴です。


[原因]
 消化性潰瘍の原因としては古くからさまざまな考えかたがあり、さらに近年はヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)も原因の一つとして重要視されています。また急性胃粘膜病変と同様に、非ステロイド系消炎鎮痛薬(NSAIDs)も消化性潰瘍の原因として重要です。
 胃はペプシンという消化酵素と塩酸を分泌しますが、これらの消化作用は非常に強力です。ペプシンと塩酸の強力な消化力で胃の壁自体も消化されそうに思われますが、実際にはそのようなことは起きません。それはこれらの胃の壁を攻撃する消化液(攻撃因子)に対して、これらから胃壁を守る機構(防御因子)がはたらいてくれるからです。胃の粘液分泌や胃の粘膜の血流などが防御因子となり、この攻撃因子と防御因子のバランスがうまく保たれることによって、胃は自らの消化液で傷つくことを免れているのです。
 しかし、攻撃因子が増強したり防御因子が減弱したりして、このバランスがくずれて攻撃因子が優勢になると、胃の粘膜が傷つき、さらにその傷が深くなり潰瘍に至ると考えられています。これが古典的な消化性潰瘍発生のメカニズムと考えられていたものですが、近年のヘリコバクター・ピロリの発見によって難治性潰瘍や再発性潰瘍に対する考えかたは一変しました。
 ヘリコバクター・ピロリは胃酸が分泌される過酷な胃内の環境で生存・増殖が可能な細菌の一種であり、胃の粘膜に感染を起こすと炎症をひき起こし、さらに粘膜を傷害して、ついには潰瘍を形成するという考えかたがほぼ受け入れられるようになりました。今日では再発をくり返す慢性消化性潰瘍の原因の多くは、ヘリコバクター・ピロリではないかと考えられています。
 潰瘍の薬剤による治療法が非常に発達した現在でも、消化性潰瘍の原因として大きな位置を占めるのは非ステロイド系消炎鎮痛薬です。一般に市販されている薬剤も含めて痛み止めと呼ばれている薬剤が、この非ステロイド系消炎鎮痛薬に相当します。鎮痛薬の長期間にわたる無計画な服用には気をつけなければなりません。しかし、慢性関節リウマチなどで関節の痛みに苦しんでいる人は非ステロイド系消炎鎮痛薬を長期にわたり服用せざるをえないことが多く、このような場合では潰瘍治療の発達した現代でも消化性潰瘍がみとめられ、今後解決していかなければならない問題です。
 また、直接的にではなくても間接的に消化性潰瘍の誘因となるものには、喫煙、飲酒、ストレス、過労などが考えられており、これらは潰瘍をわるくする方向にはたらきますので注意しなければなりません。

[症状]
 消化性潰瘍の症状の代表的なものは心窩部(しんかぶ:みずおち)の痛みで、時には背中に抜けるほどの痛みとなります。潰瘍が深くなると出血を伴うことが多く、一時期に大量に出血すると口から血を吐いたり(吐血)、便に赤い血がまじったり(下血)しますが、比較的ゆっくりとじわじわ出血が続く場合には、出血した赤血球中のヘモグロビンが酸化されて便がまっ黒になりタール便と呼ばれ、胃や十二指腸からの出血に特徴的です。また、食べた肉由来の血液でなく、便中の自分の微量な血液も検出できる便潜血検査法により、定期検診での便検査が発見のきっかけとなることもあります。
 胃潰瘍と十二指腸潰瘍の痛みの発生するタイミングには違いがあり、胃潰瘍では胃の中に食べ物が入った状態で痛みが発生することが多く、食後早い時間に痛みが発生します。これに対して十二指腸潰瘍では、胃の中が空である空腹時や夜間に痛みが発生することが多く、食事によって痛みがやわらぐ特徴があります。
 痛みが急激に強くなり立っていられず、少しでもおなかをさわると飛び上がるほどの強烈な痛みが起きた場合は、潰瘍が非常に深くなり胃や十二指腸の壁に孔(あな)があいて(穿孔〈せんこう〉といいます)、胃や十二指腸の内容液が外へ漏れ出し腹膜炎となっている可能性が高いので、一刻も早く手術のできる病院に行ってください。
 また、胃の出口に近い場所や十二指腸の入り口の部分に潰瘍ができ、慢性的に潰瘍の再発をくり返していると、潰瘍の傷あとがしだいにかたくなり壁が厚くなって食べ物の通り道が細くなり(狭窄〈きょうさく〉といいます)、食べ物の通過に支障をきたすことがあるので、手術をしなければならないこともあります。

[検査]
 消化性潰瘍の検査として重要なのは、バリウムによるX線検査と内視鏡検査です。潰瘍は消化管の傷ですから、X線検査ではその傷口にバリウムがたまって診断することができます。また、潰瘍のあと(潰瘍瘢痕〈はんこん〉)などもX線検査で胃や十二指腸壁のわずかな変形として診断できます。
 しかし診断の精度が高く、またがんとの鑑別に威力を発揮するのは内視鏡検査です。潰瘍の深さや出血の有無は直接肉眼で観察できる内視鏡検査のほうが優れていますし、その場で出血していることが疑われる場合には、まっさきに内視鏡検査をおこなわなければなりません(緊急内視鏡検査)。実際に内視鏡検査をおこなうと、細い血管から出血していることが肉眼で確認され、出血部位を内視鏡用の特殊な小型金属クリップではさんで止血したり、止血のための薬剤を注入・散布したりして出血をとめることができ、たいへん有効です。

[注意]
 胃潰瘍そのものが胃がんに変化することはないと考えられていますが、早期胃がんのうちのあるものは良性潰瘍に似たかたちをとることがあり、注意が必要です。また潰瘍の痕跡と思って内視鏡で組織を採取して顕微鏡で病理学的に検査したところ、がん細胞がみとめられたなどということも実際の臨床では経験されることであり、潰瘍であるといったん診断されてもけっして油断はできません。
 したがって、潰瘍や潰瘍の痕跡があると指摘された場合は、必ず一度は内視鏡検査を受けて胃がんを否定しておくことが望ましいと考えられます。
 また、消化性潰瘍をくり返す難治性の場合、ヘリコバクター・ピロリの検査も治療法を決定するうえで重要な情報になるでしょう。ヘリコバクター・ピロリの検査は内視鏡での粘膜採取のほか、呼気を集めて診断する尿素呼気試験法や、血液や尿の中にピロリ菌への抗体があるかを調べる抗体測定、糞便中にピロリ菌の抗原があるかを調べる糞便中抗原測定でできます。

[治療]
 約30年前までは消化性潰瘍の治療の主役は手術治療でしたが、H2受容体拮抗薬(H2ブロッカー)の出現によって手術治療の必要な症例は激減しました。さらに強力なプロトンポンプ阻害薬(PPI)が開発され、消化性潰瘍の治療はむかしの外科的な「手術治療」から内科的な「薬の治療」へと大きく変貌しました。

■内科的治療
□消化性潰瘍に用いる薬剤
 現在、消化性潰瘍の内科的治療の主役はH2受容体拮抗薬(H2ブロッカー)とプロトンポンプ阻害薬(PPI)で、いずれも胃酸の分泌を抑制する作用をもちます。
 胃壁の細胞はヒスタミンと呼ばれる物質がH2ヒスタミン受容体に結合することによって胃酸を分泌しますが、H2受容体拮抗薬はこの結合を阻害することによって胃酸の分泌を抑制します。また、プロトンポンプ阻害薬は胃壁細胞の酸分泌の最終段階を阻害することによって胃酸分泌を抑制します。
 そのほか、潰瘍治療に用いられる薬剤には、攻撃因子を抑制するものとして抗ペプシン薬、制酸薬などがあり、防御因子を増強するものとしてプロスタグランジン製剤などがあります。ただしプロスタグランジン製剤は子宮収縮作用があり、妊娠している人は服用してはいけません。
□潰瘍治療の実際と問題点
 潰瘍の急性期にはプロトンポンプ阻害薬を使用し、維持療法としてH2受容体拮抗薬を服用します。この両者の薬剤の出現によって、消化性潰瘍初期治療の成功率は格段に上昇し、治癒までの期間はいちじるしく短縮しました。そのいっぽうで、このような薬剤の服用をいつまで続けるべきか、H2受容体拮抗薬の服用を中止したあとで、ふたたび潰瘍が発生しないかなどの心配もあります。
 実際に薬剤の服用を中止したあとの潰瘍再発率は、服用以前とあまり大差ないことも指摘されており、長期にわたる薬剤の服用が必要となることもあります。
□ヘリコバクター・ピロリと消化性潰瘍
 ヘリコバクター・ピロリは胃潰瘍の60~80%に、十二指腸潰瘍の90~95%に陽性であると考えられており、ヘリコバクター・ピロリの発見によって消化性潰瘍の考えかたは大きく変わりました。今日では十二指腸潰瘍の多くはヘリコバクター・ピロリの除菌によって再発を予防できると考えられるようになり、胃潰瘍の再発についてもヘリコバクター・ピロリの除菌によって再発率を低下させることができると考えられています。
 以前には、慢性潰瘍は体質や遺伝が関与すると考えられていた時期もありますが、ヘリコバクター・ピロリの発見以来、再発・難治性潰瘍に対する考えかたは大きく変化しました。

■消化性潰瘍の内視鏡治療
 近年の内視鏡技術の進歩は消化管疾患の診断ばかりでなく、治療においても大きな恩恵をもたらしています。
 消化性潰瘍で突然吐血した場合は、むかしであれば患者を輸血しながら手術室へ搬送しなければなりませんでしたが、現在では手術室ではなくまず内視鏡検査室へ搬送します。胃の中を冷水で洗浄したあとに直視下に出血点を確認し、内視鏡下に電気やレーザーで凝固させたり、金属性の小さなクリップではさんで止血したり、薬剤を細い針で注入したりして止血できるようになりました。
 内視鏡的に止血できたら引き続いて絶食、プロトンポンプ阻害薬(PPI)やH2受容体拮抗薬(H2ブロッカー)の点滴で治療をおこないます。内視鏡的に止血が困難な場合は緊急手術の適応となります。

■手術治療
□手術治療の適応
 H2受容体拮抗薬(H2ブロッカー)とプロトンポンプ阻害薬(PPI)の出現によって消化性潰瘍の手術適応は激減しました。現在、消化性潰瘍で手術をおこなわなければならないのは次の3つの場合です。
 ①出血が内科的治療でコントロールできない場合(出血)
 ②潰瘍が深くなり、胃や十二指腸の壁に孔(あな)があき腹膜炎となった場合(穿孔〈せんこう〉)
 ③長年潰瘍をくり返しているうちに胃の出口がしだいにかたく、狭くなり食物の通りがわるくなった場合(狭窄〈きょうさく〉)
□手術の方法
1.出血時の手術
 内視鏡的に止血が困難なときは手術の適応となります。手術的に出血部位を含む胃切除術をおこないます。
2.穿孔時の手術
 胃や十二指腸の内容は口から外界と通じており、不潔なものです。潰瘍が深くなり孔があいてこの不潔な内容物が本来は清潔な腹腔(ふくくう)内に漏れ出すと、腹腔内に炎症を発症し腹膜炎を起こします。同時に腹膜を刺激して強烈な腹痛を発症させます。
 手術的に穿孔部を含めて胃酸分泌範囲の胃を切除する方法と、胃に付着した脂肪の膜である大網(たいもう)を孔(穿孔部)に入れて胃壁と縫合(ほうごう)して、孔をふさぐ方法(大網充填〈じゅうてん〉法)があります。現在では、腹腔鏡下手術の普及により腹腔鏡下にこの大網充填手術がおこなわれます。
3.狭窄時の手術
 十二指腸潰瘍をくり返していると、潰瘍が治っても瘢痕(はんこん)化して胃の出口がきわめて細く、かたくなり、ひどい場合には水分も通過できないほど狭くなることがあります。手術では酸分泌を刺激する迷走神経を切り離し、狭窄部を含めて幽門部を切除して潰瘍と食物の通過の両者を治すことがおこなわれます。

(執筆・監修:順天堂大学大学院医学研究科 教授〔食道胃外科〕 梶山 美明)
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