消化性潰瘍〔しょうかせいかいよう〕 家庭の医学

 消化性潰瘍は、胃や十二指腸の粘膜が傷つき、欠損が生じた状態です。胃に発生するものを「胃潰瘍」、十二指腸に発生するものを「十二指腸潰瘍」と呼び、これらをあわせて「消化性潰瘍」といいます。消化性潰瘍は、胃がんにくらべて若年にも発生しやすく、特に胃のなかほどの屈曲している「胃角部」や十二指腸の入り口「球部」に多く見られます。また、冬季に発生頻度が高まる季節的特徴もあります。


[原因と発生メカニズム]
 消化性潰瘍は、原因についての考え方が古くからさまざま考えられていますが、以下の要因が特に重要視されています。
□ヘリコバクター・ピロリ感染
 胃内に感染すると、慢性の炎症をひき起こし、粘膜を傷害して潰瘍形成につながります。特に再発性や難治性潰瘍ではピロリ菌の関与が大きいとされています。除菌治療が成功すると潰瘍再発が抑制されることも知られています。
□非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)
 解熱鎮痛薬として広く使用されるNSAIDsは、胃粘膜の防御因子を抑制し、潰瘍形成のリスクを高めます。鎮痛作用のため潰瘍発生時の痛みを感じにくいともいわれており、継続して内服する方では注意が必要です。
□その他の要因
 喫煙、飲酒、災害時や過度のストレス、過労などは潰瘍を悪化させる要因とされています。

[症状]
 消化性潰瘍の代表的な症状は、みぞおち(心窩部〈しんかぶ〉)の痛みです。胃潰瘍では食後に痛みが生じることが多く、十二指腸潰瘍では空腹時や夜間に痛みが強くなる傾向があります。潰瘍が深く広くなると出血を伴うことが多く、一時期に大量に出血すると口から血を吐いたり(吐血)、便に赤い血が混じったり(下血)しますが、比較的ゆっくりとじわじわ出血が続く場合には、出血した赤血球中のヘモグロビンが胃酸により酸化されて便がまっ黒になりタール便と呼ばれ、胃や十二指腸からの出血に特徴的です。 痛みが急激に強くなり立っていられず、少しでもおなかをさわると飛び上がるほどの強烈な痛みが起きた場合は、潰瘍が非常に深くなり胃や十二指腸の壁に孔(あな)があいて(穿孔〈せんこう〉といいます)、胃や十二指腸の内容液が外へ漏れ出し腹膜炎となっている可能性が高いので、一刻も早く手術のできる病院に行ってください。

[診断]
 消化性潰瘍の診断には、おもに内視鏡検査が用いられます。また検診時等のバリウムによるX線検査で指摘される場合もあります。
□内視鏡検査
 潰瘍の深さや出血の有無を直接確認でき、がんとの鑑別にも有用です。緊急時には出血部位を特定し、治療を同時におこなうことが可能です。
□ピロリ菌の検査
 内視鏡検査時に一緒におこなうものには粘膜採取や胃液中の遺伝子を増幅して確認するPCR法などがあります。
 そのほかに尿素呼気試験、血液や糞便の検査が一般的です。

[注意]
 胃がんでも潰瘍を形成することが多いため、内視鏡検査で消化性潰瘍の診断時には疑わしい部位の組織を採取し、病理検査をおこなうことがよくあります。また、再発性や難治性潰瘍ではピロリ菌感染の有無を確認し、適切な治療を検討することが重要です。中には特発性(とくはつせい)潰瘍と呼ばれ、ピロリ感染も薬剤内服もない消化性潰瘍が全体の10%ほどいると考えられており、その場合は再発のリスクが高いといわれていますので注意が必要です。

[治療]
1.内科的治療
 PPI(プロトンポンプ阻害薬)やP-CAB(カリウム競合型酸分泌抑制薬)がおもに使用されます。 ヘリコバクター・ピロリ感染が確認された場合には、除菌治療がおこなわれ、再発リスクを低減できます。 潰瘍の既往があってNSAIDsを継続内服しなくてはいけない方にはPPIやP-CABの予防的な内服をおこなう場合もあります。またNSAIDsによる潰瘍に対しては防御因子を増強するものとしてプロスタグランジン製剤を用いることもありますが、子宮収縮作用があるため、妊娠している女性には使用できません。 出血量が多い場合は輸血も考慮されます。
2.内視鏡治療
 内視鏡を用いた止血法として、クリップや薬剤注入および散布、電気メスを用いた通電凝固治療等がおこなわれます。処置時には再出血のリスクもあるため、入院となることが多いと思われます。
3.手術治療
 内科的な治療が進歩した現在では減りましたが、以下の場合に手術が必要です。
①内科的治療でコントロールできない出血(血管内治療というカテーテル治療を用いる場合もある)
②穿孔(せんこう:壁に孔〈あな〉があく)
③潰瘍をくり返して狭くなる狭窄(きょうさく:通過障害)

□手術の方法
1.出血時の手術
 内視鏡的に止血が困難なときは手術の適応となります。手術的に出血部位を含む胃切除術をおこないます。
2.穿孔時の手術
 食物や消化液など胃や十二指腸の内容物は口から外と通じており、不潔なものです。潰瘍が深くなり孔があいてこの内容物が本来は清潔な腹腔(ふくくう)内に漏れ出すと、腹腔内に炎症を発症し腹膜炎を起こします。同時に腹膜を刺激して強烈な腹痛を発症させます。  
 手術的に穿孔部を含めて胃酸分泌範囲の胃を切除する方法と、胃に付着した脂肪の膜である大網(たいもう)を孔(穿孔部)に入れて胃壁と縫合(ほうごう)して、孔をふさぐ方法(大網充填〈じゅうてん〉法)があります。現在では、腹腔鏡下手術の普及により腹腔鏡下にこの大網充填手術がおこなわれます。
3.狭窄時の手術
 十二指腸潰瘍をくり返していると、潰瘍が治っても瘢痕(はんこん)化して胃の出口が細くかたくなり、ひどい場合には水分も通過できないほど狭くなることがあります。手術では酸分泌を刺激する迷走神経を切り離し、狭窄部を含めて幽門部を切除して潰瘍と食物の通過の両者を治すことがおこなわれます。狭窄部に対する内視鏡的なステント留置もおこなわれる場合があります。

(執筆・監修:自治医科大学医学教育センター 医療人キャリア教育開発部門 特命教授/東北大学大学院医学系研究科 消化器病態学分野 准教授 菅野 武)
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