がんは日本人の死因第1位を占めるが、生活習慣や環境要因に起因する場合、適切な対策で予防できる可能性がある。昨年(2022年)、日本における予防可能な危険因子に関連するがんの疾病負担に関する知見が報告され、主要な生活習慣および環境要因の人口寄与割合(PAF)が示されるなど、疾病負担に関するエビデンスが蓄積されつつある(Glob Health Med 2022; 4: 26-36)。しかし、がんの社会経済的負担を評価した研究は乏しい。国立がん研究センターがん対策研究所予防研究部の井上真奈美氏らは、日本におけるがんによる総経済的負担は年間約2兆8,597億円に上り、このうち予防可能な危険因子に起因するがんの経済的負担は約1兆240億円との推計結果をGlob Health Med2023年5月4日オンライン版)に報告した。

2015年のレセプトデータを基に推計

 井上氏らは、主要な生活習慣および環境危険因子に起因するがんの経済的負担の推定を目的に、レセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)から2015年に医療サービスを受けたがん患者数およびそれに伴う直接医療費のデータを抽出し、国際疾病分類第10版(ICD-10)の診断コードに従い主診断として報告された20のがん種別に2015年の性・年齢別患者数と関連費用を分類。2015年のがん罹患におけるPAFを用い、予防可能な危険因子である生活習慣や環境要因(喫煙、飲酒、過体重、運動不足、感染、食事、外因性ホルモン使用、母乳育児、大気汚染など)に関連するがんの直接医療費(受診・医療費、処方・薬剤費など)および、死亡や罹患に起因する労働損失(欠勤や休職)を推計し、経済的負担を評価した。

総経済的負担に男女差なし

 2015年に受療したがん患者数は延べ404万5,940例(男性210万7,331例、女性193万8,609例)だった。男性では前立腺がんが最多で55万1,195例、次いで胃がん31万6,112例、結腸がん23万125例、女性では乳がんが最多で65万9,970例、結腸がん19万7,745例、胃がん15万4,807例だった。

 直接医療費と死亡や罹患による労働損失から推計した総経済的負担は約2兆8,597億円で、男女間に大きな差はなかった(男性約1兆4,946億円、女性約1兆3,651億円)。労働損失が最も大きかったのは、男性では肺がん(約921億円)、女性では乳がん(約2,326億円)だった。男女差がなかった点については、乳がんおよび子宮頸がんは就労世代や若年層の罹患例が多く、労働損失が大きいことが影響していると推察された。

予防可能ながんの経済的負担は胃がんが最大

 生活習慣や環境要因によるがんの経済的負担は約1兆240億円(男性約6,738億円、女性約3,502億円)だった。負担は胃がんが最も大きく(男性約1,393億円、女性約728億円)、次いで男性では肺がん(約1,276億円)、女性では子宮頸がん(約640億円)だった(図1)。

図1. 部位別に見た予防可能ながんの経済的負担(男女別)

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「感染」による経済的負担が最大

 予防可能ながんの危険因子として能動喫煙、飲酒、感染、過体重、運動不足の5要因別に見た経済的負担は、感染による経済的負担が約4,788億円と最も高く、ヘリコバクター・ピロリ菌による胃がんが約2,110億円、ヒトパピローマウイルス(HPV)による子宮頸がんが約640億円と推計された。能動喫煙による経済的負担は4,340億円で、がん種別に見ると肺がんが約1,386億円と最も大きかった。飲酒による経済的負担は約1,721億円だった(図2)。

図2. 危険因子別に見たがんの経済的負担

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(図1、2とも国立がん研究センタープレスリリースより)

 以上から、井上氏らは「予防可能な危険因子において"感染"と"能動喫煙"に起因するがんの経済的負担が大きく、中でも"感染"はワクチン接種や除菌治療という選択肢があるため多額の経済的負担を回避できることが示唆された」と結論。「昨年4月に積極的接種勧奨が再開されたHPVワクチン接種のさらなる推進、肝炎ウイルス感染例の治療やピロリ菌の除菌治療、定期的な健診・検診の受診勧奨、たばこ対策の強化など、予防可能な危険因子に対し適切な対策を実施して予防・管理することは、がん死亡率の低減だけでなく、経済的負担の軽減にもつながることが期待される」と述べている。

編集部