一流のレジリエンス~回復力~Dr.純子のメディカルサロン

入院・ホテル隔離で感じたこと、考えたこと
~新型コロナ感染から回復した40代男性の場合~

 新型コロナウイルスに感染すると、どのような状況になるのか。

 そのことに不安を持つ人が多いと思います。ほかの感染症と異なり、メディアでも細かい状況は報道されませんし、プライバシーを考慮して、詳細が分からないことも、不安を拡大させているのかもしれません。

 感染したことが分かると、周りから差別されたり、非難されたり、という状況も生まれています。

新型コロナウイルスの無症状者と軽症者を受け入れるホテルの客室=東京都中央区(本文と直接関係はありません)【時事通信社】

 新型コロナ感染症に罹患(りかん)するというストレスを、どのように乗り越えたのかを、感染から回復した知人のAさん(40代、男性)が語ってくれました。

 ◆最初の診断は胆のう炎

 Aさんは4月2日夜、背中に激しい痛みを感じ、翌日、かかりつけ医を受診して、胆のう発作の疑いがあると診断されました。

 以下はAさんの話です。

 熱は37度台で、それほどひどくありません。ただ、37.1度から37.2度に上がる、ほんの少しの変化なんですが、その一瞬で激痛がして、一気に「どどっ」と、だるくなり、急激に体調が悪くなる感じがしたのを覚えています。

 点滴で2回、抗生剤投与を受けました。しかし、全く改善せずに痛みが続き、6日に紹介状を書いてもらいました。それで、総合病院で精密検査を受けたところ、急性胆のう炎と診断されました。

 しかし、CT検査の技師から、胆のう炎のほかに、肺にも、うっすら炎症があるという指摘を受け、再度、CT検査を行って、コロナの疑いがあると診断されました。

 ◆入院で別世界へ

 直ちに、PCR検査を行い、後日、連絡が来て、陽性と分かり、緊急入院になりました。ただ、会社は3月中旬から在宅勤務になっていて、自宅にいたため、濃厚接触者は家族のみでした。

 4月9日に入院しましたが、全く別の世界に入ったような感じでした。

 当時はまだ、一般の外来に、新型コロナの患者が受診したらどうするか、病院も手探り状態という感じでした。

 腕に名前を書いた腕輪を着けますね。入院すると当たり前のことですが、見ると、目の前の医療関係者が全て防護服を着ているんです。その光景が衝撃でした。

 何か、監禁されているような気分になります。入院当初は、普通の病院食の感じでしたが、だんだん食事が変化して、全てレトルトパックで配られるようになりました。

 呼吸器の症状というより、背中の痛みや、吐き気など、胆のう炎の症状がひどくて、そちらがつらかったです。

 ◆食事は冷たい物ばかり

 当然ではありますが、病院の食事がほぼ冷たい物ばかりで、それもつらかったです。

 温かいお茶とか、温かいみそ汁とか、飲みたくなるのですが、食事は感染を防ぐために全て、そのまま廃棄できる形の物が配られ、食後は各自でゴミ袋に入れます。

 医師や看護師との接触は、電話を通すことが多かったです。良かったのは、看護師長と話がよくできたこと。

 それと、医師でお一人、非常にきちんと説明してくれて、安心感を与えてくれる方がいて、こういう風に説明すると伝わるんだなどと、考えるゆとりもできました。

 私の場合、コロナの一般的な症状というのは、あまりひどくなく、熱も37度台くらいでした。4月末にPCR検査が陰性になり、体調も回復した後、ホテルに移動になりました。

 ◆何を持って行くかは大切

 入院する時から持って行っていたのは、パソコンと音楽を聴くためのオーディオ機器一式です。

 音楽制作関係の仕事をしているので、とにかく音楽を聴ける状態にしておきたかったのと、これまで耳鼻科に入院した経験が4回あり、病院生活がどんな感じか、ある程度想像がついていたので、このセットを持って行ったのです。

 これが救いでした。音楽の勉強を再度しようと決め、今まで聴いてきた音楽を全て振り返ったり、今まで聴いたことがない名曲を聴いたりすることができました。音楽の持つ力を再度、認識できたことは、とても良かったです。

 ホテルへ移動になって、まずうれしかったのは、お湯を沸かせるポットがあったことです。やっと暖かい飲み物が飲めるようになったことと、飲料水を扱う企業の差し入れで、ドリップコーヒーのパックが部屋に置かれていたことが、すごくうれしかったです。

 ホテル近くのおせんべいやさんから、おせんべいの差し入れをいただいたことも、うれしかったです。

 

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