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建学の精神が今に生きる
新型コロナ対策で世界から注目―聖マリアンナ医科大学

 聖マリアンナ医科大学は1971年、敬虔(けいけん)なカトリック信者である明石嘉聞博士が創立し、今年で50周年を迎える。新型コロナウイルス感染症対策では、いち早く患者を受け入れ、患者の立場に立った対策を打ち出してきたことで、諸外国からも注目を集めている。北川博昭学長は「困った人に手を差し伸べるというキリスト教的人類愛が、職員たちに根付いているからこそ、行動できたのだと思います。この50年の間に着実に創始者である明石博士が望んでいた大学になってきたのではないでしょうか」と話す。

北川博昭学長

北川博昭学長

 ◇採算度外視でコロナ患者を受け入れ

 聖マリアンナ医科大学では、ダイヤモンド・プリンセス号が横浜港に入港したとき、いち早く災害対策本部を立ち上げ、新型コロナの重症患者を積極的に受け入れてきた。

 「今、病院は赤字で非常に大変なのですが、当時は採算が取れるかどうかなど全く考えていませんでした。人の命を守ることが医療の原点であり、どこかが受け入れなければならない。できない理由を探すのではなく、どうしたらできるかを考えることが、われわれの使命」と当時、付属病院の院長として陣頭指揮をとった北川学長が振り返る。

 建学の精神でもあるキリスト教的人類愛とは、特定の宗教を信仰することではなく、困った人がいれば手を差し伸べるという基本的な姿勢のこと。大学のカリキュラムにある宗教学では、命の大切さを学ぶ。

 こうした伝統がコロナ禍の状況下、具体的な形で現れた。コロナで入院して亡くなった場合、臨終に立ち会えないまま遺骨にされてしまったのでは、遺族がつらすぎる。そこで同大学病院では、iPad(アイパッド)を使って家族との面会を可能にした。

 「職員が機転を利かせて考えてくれました。コロナの影響で病院の財政は厳しい状況が続いておりますが、一生懸命仕事をしてくれた職員にはボーナスを出すことは絶対条件と考え、法人として何とか達成しました」

 ◇コロナ禍でも学生のためにできることを

 学生の講義は、前期はリモート、後期は大会議室を1年生専用にして対面で講義を行った。入学後、学生同士が一度も顔を見たことがないという状況が続くことは、コミュニケーション能力を必要とする医師の養成にマイナスになると考えた。

 ZoomやPowerPointでの講義に慣れてくると、「学校に行かなくても、家でできるから楽でいい」という学生も少なくないというが、問題は学習内容がきちんと身に付くかどうかだ。

 「課題をためてしまって、卒業できない人が増えては困りますし、医師国家試験の合格率を維持できないと大変です。大学に来なくても理解できたかどうかの確認のために試験をするなど、その対策を検討中です」

 前期は中止していた基礎系実習も後期からは解剖実習をはじめ感染対策をとって再開。感染が起こりやすいロッカー室は10分おきに時間で区切って小グールプで使用するなどして工夫した。

 「コロナ禍で何かやろうとすると、感染が起きたらどうするのか、誰が責任を取るのかという話にすぐなります。そうした不安に対してはエビデンスをきちっと説明して対処していくしかない。学生の教育の優先順位を考えて、勉強方法等変えられるところは、どんどん変えていこうという方針です」

 ◇学生の自覚を促す早期体験実習

 大学独自のカリキュラムとして特徴的なのは、1年次に行う学外早期体験実習だ。ここでは人間の一生と、それを支える社会システムについて学ぶ。実習には地域の数多くの施設が協力し、救急車に同乗したり、保育施設やマタニティクリニック、介護・福祉施設での仕事を体験したりするなど、学生たちが人々の暮らしに触れる貴重な機会となっている。

 「学生たちが直接現場を見ることで強い印象を持つようになります。医師を目指して医学部に入学したものの、実際は自分が思い描いていたことと違うと感じる人もいますが、そうした場合にも修正する良いきっかけになります。医師としての倫理観や使命感を育てたい」

 今年度はコロナの影響でこの実習ができていない。PCR検査の結果、陰性だった学生は現場に出掛けて良いのかどうかなど、受け入れ先の意見を聞きながら、再開のタイミングを見計らっている。

 「コロナ禍で何でもやめる方向になっていますが、どうすればできるのか、学生のためにあらゆる可能性を模索していきたい」

聖堂

聖堂

 ◇磨けば光る原石を

 「偏差値が高いから医学部を目指すというのではなく、本当に医師になりたい人、困った人に手を差し伸べてくれる人に入学してほしい。磨けば光る原石のような学生を選びたいですね」と北川学長。

 学生の可能性を見抜くために面接ではさまざまな方向から受験生に質問を投げ掛ける。過去に北川学長が質問した内容には「妊娠した場合、染色体異常が分かる検査を受けるかどうか」「透析患者が治療を継続したくないと言ったら、どうするか」などを問うたこともあるという。正解があるわけではないが、その考え方のプロセスや倫理観が重要である。

 「その人の価値観が分かるような面接をして、磨けば光る原石を見いだすことが私たちの使命です」

北川学長

北川学長

 ◇海外で働く夢を実現

 北川学長は、大学病院で小児科医として働く父の背中を見て育ち、困った人を助ける職業に就きたいと考えた。

 「白い巨塔の財前五郎に憧れて、外科医になりたいと思いました。父の海外赴任で幼少期の2年半をボストンで過ごしたこともあって、国際的に仕事がしたいと思っていました」

 聖マリアンナ医科大学を卒業後、1988年から2年間、ロサンゼルス小児病院に留学した。

 「最初は試験管洗いでも何でもいいという気持ちから無給で仕事を始め、2年目から有給の職に就くことができるようになりました」

 米国で知り合ったニュージーランド人の教授に誘われ、40歳でニュージーランドに留学。外科チームの一員として1年間働き、海外で医師として働く夢を実現させた。

 胎児治療に関する研究をニュージーランドの大学と共同で20年以上継続している。妊娠中に分かった尿路閉塞(へいそく)などの病気を胎児が子宮の中にいる状態で治療するというものだ。研究を続ける中で、治療に使用する器具の開発も行ってきた。

 「外科医でも研究しないと次の新しい展開が頭の中に現れてこない。手術が上手になっても、病気の原因が分かって根本を治せるようにならなければ医学は進歩しないし、困った人を助けることはできません。私はクリスチャンではありませんが、マリアンナのスピリッツとして「良きサマリア人」のように、ユダヤ人とサマリア人の対立関係にあっても、追いはぎに襲われた人を見て見ぬふりをして通りすぎることはできない教えが、染み込んでいると思います」

聖マリアンナ医科大学病院

聖マリアンナ医科大学病院

 ◇進化していく大学に

 これからの医療は、人工知能(AI)を使って、どんどん進化していく。新しい時代に適応するためには、ベンチャー企業的な発想も必要だと北川学長は指摘する。

 「見えないところを可視化して、取れなかった腫瘍が手術で完全に摘出可能になるとか、技術の進歩を医療に応用できる医師を育てていきたい」

 2023年には新病院が完成する。診察券を交通系ICカードで代用できるようにするシステムや、電子カルテをスマホに入れて、他の医療機関でも参照できるようなシステムなど、さまざまなプロジェクトが進行中だ。

 「どこの病院でもまだ行われていない、新しい夢のプロジェクトを走らせています。新病院は学生たちが医師として働き始める職場です。職員の熱い気持ちに応えられるよう、学長としてスピード感ある決断をしていきたい」(ジャーナリスト・中山あゆみ)

【聖マリアンナ医科大学 沿革】
1971年 東洋医科大学開学
    73年 聖マリアンナ医科大学に改称
    74年 大学病院開院
  77年 大学院医学研究科開学
  80年 救命救急センター開設
  90年 難病治療研究センター開設
  97年 大学病院臓器別外来診療体制へ移行
2008年 付属研究所ブレスト&イメージング先端医療センター開設
  23年 大学病院新入院棟オープン(予定)
  24年 大学病院新外来棟オープン(予定)

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