治療・予防

過酷な希少性疾患に光―多発性骨髄腫
~患者や医師ら、待ち望んでいた新薬~

 多発性骨髄腫という病気がある。まれな「血液のがん」といわれるが、骨の病的な変化や貧血、腎臓の障害など患者の苦しみは大きい。「治らない病気」という不安にさらされる中で、患者とその家族、専門医師らは、最近承認された治療薬に期待をかけている。

日本赤十字医療センターの鈴木憲史顧問

日本赤十字医療センターの鈴木憲史顧問

 ◇過酷な病気

 日本赤十字社医療センターの鈴木憲史・骨髄腫アミロイドーシスセンター顧問は、46年前から骨髄腫の治療に取り組んできた。

 この病気は過酷だ。胸骨が折れ、肋骨(ろっこつ)がバラバラになり、肺炎に苦しんだ40代の患者がいた。この患者は「痛い」「痛い」と悲痛な声を上げながら闘病を続けたが、亡くなった。「現状では治らない病気を何とかしたい」。患者と向き合ってきた鈴木顧問は「早期に診断し、早期に治療する以外に道はない」と強調する。

 ◇新承認薬に期待

 治療において鈴木顧問が評価するのが、3月に承認されたばかりの治療薬エルラナタマブ(抗BCMA/CD3 二重特異性抗体)だ。この治療薬は、骨髄腫細胞の表面に発現するB細胞成熟抗体とT細胞のCD3に結合することでT細胞を活性化し、腫瘍細胞を攻撃する。

 有効とされる薬剤の種類は幾つかあるが、これらを使い切ると患者にとっては厳しい状況に置かれてしまう。そうなった場合の予後は半年に満たなかったからだ。エルラナタマブの治験について鈴木顧問は「腫瘍細胞に対し、驚くほど効果を示した。予後は約20カ月まで延びた」と言う。

 頭の骨に発症した患者は「こんな顔では人に会いたくない」と、社会的な接触を避けていた。同薬により寛かい状態を得ることができた。患者は亡くなったが、妻から長文の手紙が来た。

 「この2年間、とても充実していました。2週間に一度、通院する負担はありましたが、夫は孫を抱くこともできました」

 鈴木顧問はこうした治療経験を踏まえ、「待ち望んでいた薬だ」と話す。

治療の進歩に強い期待を寄せる石川邦子さん

治療の進歩に強い期待を寄せる石川邦子さん

 ◇未来は変えられる

 IT関連企業を経て、企業の研修などに関わるキャリアカウンセラー(技能士)の石川邦子さんは2016年、圧迫骨折がきっかけで難治性多発性骨髄腫と診断された。再発する中で、この病気と向き合ってきた。

 自身の幹細胞を採取した後で保存・凍結し、移植する「自家移植」を行った。24年に3回目の自家移植をした石川さんは「1回目と2回目は、それほどつらくなかった。ラッキーだったと思う。でも、3回目は大変だった」と振り返る。

 強い抗がん剤治療の後だった影響もあるのだろう。内臓にダメージを受け、下痢が1カ月も続いた。「ベッドで寝ている時間よりも、トイレにこもっている時間の方が長かった」と話す。

 それでも新たな治療に挑み続ける石川さん。「他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えられる」という言葉」に力がこもる。

日本骨髄腫患者の会の上甲恭子代表

日本骨髄腫患者の会の上甲恭子代表

 ◇父の発症を機に活動

 1997年に設立された「日本骨髄腫患者の会」は、「正しい情報をすべての患者に」「有効な治療法を一つでも多く」「同じ病気の仲間とともに」―を活動目標としている。代表の上甲恭子さんが会に参加したきっかけは、99年に父がこの病気を発症したことだ。2006年に1000人だった会員は現在、5500人に増えた。上甲さんは「背景には次々に新規治療薬が登場したことがあるのではないか」とみている。

 ◇不安を超え、前へ

 患者会が22年に実施したアンケート調査によると、約30%が診断されてから10年以上たっていた。病状に関して困っているものについては「だるさ・疲れやすさ」がトップで、「しびれ」「歩きにくさ」「骨の痛み・骨折」と続いた。08年の前回調査では、「骨の痛み・骨折」が1位で、「貧血に伴う息切れ・だるさ」が2位となっている。

 上甲さんは「かつては情報がない、治療薬がない、仲間がいないという『ないないずくし』だった」と振り返るとともに、「治療薬の開発が進み、元気で長生きできるようになった」と話す。ただ、アンケートからは、先の見通しに関する不安や治療費など経済的な問題、病院への付き添いなど家族への負担をかけているのではないかという患者の悩みが浮かび上がる。

 「患者が抱えている不安は筆舌に尽くしがたい。そこに、近い将来、治るのではないかとの期待を持たせる新薬が出てきた。この意義は大きく、患者とその家族が前に進んでいける」

 感染症への注意必要

 鈴木顧問は、この新薬に期待すると同時に医療関係者への課題を挙げ、「抗体薬による副作用は少ないが、肺炎をはじめとする感染症に十分、注意する必要がある」と指摘する。(鈴木豊)

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