一流に学ぶ 心臓カテーテルのトップランナー―三角和雄氏

(第9回)
研修医一本釣り、毎日勧誘
強い抵抗、院内に亀裂も

 「改革するというより、一からつくるしかなかったですね」。米国で最高水準の医療現場で働いた三角氏にとって、1998年当時の千葉西総合病院の状況は受け入れ難かった。「モチベーションが高くない医師が多かったし、研修医を育てる大切さを知っている人もいなかった。びっくりでしたね。人に教えようと思えば、自分も常に勉強しなければならない。日々の診療だけでは日進月歩の医学についていけないんです」

 米国で当然の研修医育成も、20年前の日本ではその重要性を理解している医師は少なかった。「こうなったら、自分の理想とする医者を研修医から育てるしかない。病院を渡り歩くのではなく、きちんと地に足の着いた医師を新人から鍛えようと思った」と三角氏は語る。

 将来性のある研修医を集めるため、なり振り構わず、手段は選ばなかった。「徳洲会が開く研修医説明会に乗り込み、これはという者を一本釣りです。『僕がちゃんと教えるから』『その他大勢になるより、突き抜ける存在になる方がいい』と、ストーカーのようにほぼ毎日、勧誘の電話をしていましたね」と笑う。

 本気で説得すれば熱意は伝わるものだ。著名な医師から直接誘いを受けたら、ついて行きたくなるのが人情かもしれない。研修医に入職理由を聞くと「あんまり三角先生がしつこいから」と言われたことがあるという。

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