「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

検査できることの危険性
~全員入院で医療崩壊の危機~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター教授)【第7回】

 感染症の中には、結核のように発病してから診断が付くまでに、かなりの時間を要するものもあります。その一方で、新型コロナウイルスはPCR法などの遺伝子検査により、結果が約1日で判明します。このように検査が容易な感染症であるため、流行が始まった当初は「もっと多くの人に検査を受けさせるべきだ」との意見が数多く聞かれました。しかし、当時の問題点は検査施設の数だけでなく、感染者の収容施設の数にありました。最近では民間の検査施設も数多く開設されるとともに、宿泊所療養など感染者の収容施設も整備されています。こうした中で新型コロナの検査体制を改めて検討してみます。

成田空港「PCRセンター」のPCR検査検体採取のデモンストレーション=千葉県成田市(2020年11月)

 ◇検査法開発までの異例のスピード

 エイズという感染症が明らかになったのは1981年のことです。この原因となるHIVウイルスが発見されたのが1984年で、その抗体を調べる診断法は1985年に開発されました。つまり、病気が明らかになってから、その診断法が確立するまでに約4年かかっています。

 重症急性呼吸器症候群(SARS)の場合、病気の流行が判明するのは2003年2月末で、その原因であるSARSコロナウイルスが発見されたのは4月中旬でした。この後、SARSの遺伝子検査も行われるようになりますが、感度はあまり高いものではありませんでした。

 こうした前例に比べて、新型コロナでは検査法開発が異例のスピードで進みました。病気が判明したのが2019年12月末で、1月9日には原因ウイルスが発見され、1月11日に中国衛生当局から全遺伝子配列がWHOに報告されたのです。これはPCR検査を行うための設計図のようなもので、この情報を参考にすれば、どの国でも新型コロナのPCR検査が可能になりました。

 ◇ウイルスはどうやって検査するのか

 感染症の診断では、患者から病原体を直接確認するのが最も確実な方法です。しかし、ウイルスは大変小さいので、普通の顕微鏡では確認できません。このため、はしかウイルスのように患者血液中の抗体を調べたり、インフルエンザウイルスのように感染部位(咽頭)の粘液から抗原を検出したりする方法が取られます。

 新型コロナウイルスに用いられているPCR法は、ウイルスの遺伝子を感染部位から検出する方法で、通常は最初から用いる検査法ではありません。他の検査法では診断しにくい場合に用いる方法なのです。しかし、新型コロナではまず遺伝子が明らかになったために、PCR法が第一線で使われるようになりました。

 PCR法は遺伝子検査の中で最も精度の高い検査とされていますが、大きな機械を用いて、結果が出るまでには6時間以上を要します。また、経費も高くつくのです。

 通常のウイルス感染症であれば、抗体検査や抗原検査が行われるところが、新型コロナではPCR法による遺伝子検査がまずは普及していきました。大事な点はこの検査は精度が高いので、陽性になればその人は感染者と診断されます。そして、新型コロナと診断されれば、日本では指定感染症(2類相当)なので隔離措置が取られるのです。ここにPCR検査の危険性が潜んでいます。

 ◇日本でPCR検査の数が少なかった理由

 日本では新型コロナの流行初期に、海外の国に比べてPCR検査を受ける人が大変少ないと言われていました。たしかに、今年4月に経済協力開発機構(OECD)加盟国を対象に行った調査で、人口1000人当たりのPCR件数では、日本は1.8件と36カ国中で35番目です。このように日本で流行初期にPCR件数が少なかった理由として、私は三つの要因を考えます。

 まず、当時は行政検査と呼ばれる地方の衛生研究所や大きな病院で行われる検査が主流でした。しかし、この検査に当たっての機械や人材が少なかったのです。これは予算を投入して機械やマンパワーを増やせば解決できることですが、政府はそれを積極的には行いませんでした。もう一つの要因は、流行当初、日本での新型コロナ対策の中心はクラスター対策に置かれており、濃厚接触者などに対する検査を重点的に行っていたのです。

 そして、三つ目が最も重要な要因ですが、日本で流行当初にPCR検査をもっと拡大していたら、医療崩壊を招いた可能性があるからです。PCR検査で陽性になると隔離措置が取られます。最近は軽症の人は宿泊所療養や自宅療養ですが、流行初期にはそのような体制はなく、ほぼ全員が入院になっていました。これは医療機関を満杯にさせるだけでなく、重症者の診療にも影響を及ぼすことになります。4月以降、日本でも宿泊所療養制度が導入されましたが、これ無しにはPCR検査の拡大は難しかったのです。

JR新橋駅前にできた来店型のPCR検査センター=東京都港区(2020年12月)

 ◇日本国民の医療依存症

 海外には宿泊所療養無しでもPCR検査を拡大している国がたくさんありますが、なぜ日本ではそれができなかったのか。私は、この原因に日本国民の医療依存症があると考えています。

 日本では国民皆保険制度のもと、全国民が平等の医療を受けています。医療施設はどこでも受診できますし、心配ならば入院も容易にさせてくれます。国や自治体が過保護なまでの医療を日ごろから国民に提供していると言ってもいいでしょう。このため、多くの国民が医療依存症に陥っているのです。一方、海外では多くの人々が「自分の健康は自分で守る」という意識を持っており、日ごろから医療施設の受診や入院は本当に必要なときだけにしています。自宅で療養することにも慣れているのです。

 このため、海外の国ではコロナ流行時に宿泊所療養というシステムがなくても、PCR陽性と診断されて軽症なら自宅療養で対応しました。しかし、日本では病気の実態が分からない流行初期に、PCR検査で陽性と出てしまったら、軽症であっても不安で入院を希望する人が大変に多かったのです。

 このように、日本国民の医療依存症という性格を考えた上でないと、PCR検査の拡大は行えませんでした。そして、これを考えないで検査数だけ増やすと、日本では医療崩壊が起きていた可能性もあります。

 ◇今こそ早期発見の検査拡大を

 最近は新型コロナの診断に抗原検査も用いられるようになりました。また、遺伝子検査もPCR法以外の簡易検査が使用されることもあります。この結果、検査時間の短縮や価格の低下などが見られます。さらに、検査を提供する医療施設や検査センターも増えてきました。こうした検査センターの精度管理や陽性者対応についての問題も指摘されていますが、検査を受ける環境は以前よりも格段に整備されています。医療体制も軽症者は宿泊所療養や自宅療養を行うシステムが整備されており、陽性と判定されても、病院に入院する人は一部になっています。

 こうした検査体制や医療体制の整備に伴い、今こそ国民の多くが新型コロナの検査を積極的に受けることが必要ではないかと思います。ワクチンとともに感染の早期発見による流行制圧が求められているのです。

 そして、新型コロナの流行が過ぎ去った後、日本国民の医療依存症も改善していることを期待したいと思います。(了)


濱田 篤郎 教授

 濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏
 東京医科大学病院渡航者医療センター教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。

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