「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

コロナ後の世界を予想すれば
~過去には時代転換や文明の滅亡~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター教授)【第15回】

 新型コロナウイルスの流行が始まってから1年以上が過ぎ、その間に社会は大きく変化しています。流行が終息した後に、社会は流行前の状態に戻るのでしょうか。誰しもが、そんな不安を抱えていると思います。この問いには「全てが流行前に戻るわけではない」と答えるのが正しいでしょう。それだけ、新型コロナウイルスの流行は私たちの生活に大きな影響を与えました。今回はコロナ後の世界について考えてみます。

新型コロナウイルス感染予防のため「距離を保とう」と呼びかける電光掲示板=東京都新宿区

新型コロナウイルス感染予防のため「距離を保とう」と呼びかける電光掲示板=東京都新宿区

 ◇社会を変えた歴史上の感染症

 人類の歴史を振り返ってみると、感染症の流行が社会を大きく変えたケースがいくつかあります。こうした変化は社会を良い方向にも悪い方向にも動かしました。

 例えば、14世紀のペスト(黒死病)の流行です。中世も後半に入った1347年、ヨーロッパに上陸したペストは3000万人以上の死亡者を出しました。これにより、大規模な人口減少や社会的な混乱を経て、ヨーロッパの中世社会は終わり、近世の時代が到来します。この変化は、歴史が次の時代に動いたという視点で見れば、良い方向になるのでしょう。

 もう一つは16世紀に新大陸で起きた天然痘の流行です。ヨーロッパからの征服者たちが持ち込んだ天然痘が新大陸で大流行し、アステカ文明やインカ文明が崩壊するという大きな被害が生じました。この変化は文明の滅亡という最悪の事態を招きましたが、ヨーロッパ側から見れば、新大陸の植民地化を成功させる契機になったのです。

 ◇感染症が社会を変化させる要因

 14世紀のペストや16世紀の天然痘の流行では、大規模な人口減少が社会を変化させる主要な原因になりました。今回の新型コロナウイルスの流行では、そこまで大きな人的被害が生じたわけではありませんが、この感染症を予防するための「行動変容」や、流行後に起きるであろう「社会システムの変革」が社会を変化させる要因になるでしょう。

 予防のための「行動変容」として代表的なのが、日本政府の提唱している「新しい生活様式」です。全ての人がマスクをして、人と人との距離をとる。食事中にはおしゃべりをしない。できるだけ在宅勤務をする。こうした行動は、今までに私たちが経験したことのない感染症への予防対策でした。このような行動変容を流行後も継続すれば、社会は変化していくはずです。私はそれを継続する状況として二つのケースを考えます。

マスクをして街を歩く人たち=東京都新宿区

マスクをして街を歩く人たち=東京都新宿区

 ◇流行が再燃するのを不安に思うケース

 まず一つ目は、流行が再燃する可能性があるため、それを不安に思って行動変容を続けるケースです。例えば、流行が過ぎ去ってもマスクを着用し続ける人がいるかもしれません。3密とされる場所には、流行後も心配で立ち入らない人もいるでしょう。

 現段階で新型コロナウイルスの流行が完全に終息するかは明言できませんが、集団免疫が成立すれば、理論的には終息すると考えられます。そうであれば、不安に思って行動変容を続けるケースは、時間の経過とともに少なくなっていくはずです。ライブハウスや屋形船など、クラスターが発生した場所も、流行が終息した直後は入場者が少ないかもしれませんが、次第に増加していくと考えられます。

 ◇便利な生活だと気付くケース

 もう一つは、行動変容を実施したところ、その生活が意外に便利だったので、流行後も続けるというケースです。これはオンラインによる会議や講義などが典型的なものだと思います。今までは別の場所に移動して会議に参加したり、講義を受けたりしていたのに、自分の部屋で参加できるようになりました。これは時間の節約になりますし、移動せずに済むので体の負担も少なくなります。今後は海外留学などもオンラインで可能になるかもしれません。

 また、在宅勤務でクローズアップされてきたのがハンコ社会の弊害です。こうした問題も新型コロナウイルスの流行がなければ、放置されていたことでしょう。このように、行動変容として実施したことで便利だと気付く、あるいは弊害が明らかになる。その結果、流行が過ぎ去った後も、新しい生活を続けるケースはいくつもあります。そして、こうした生活の変化はやがて日常的なものになり、社会そのものを変化させていくはずです。

寝室をコンパクトにすることで生まれたモデルルームの在宅勤務スペース=大阪市

寝室をコンパクトにすることで生まれたモデルルームの在宅勤務スペース=大阪市

 ◇流行後の社会システムの変革

 今回の流行を経験して私たちは感染症の脅威を改めて認識しました。そして、こうした脅威を回避するために、流行後は社会システムの変革が起こる可能性があります。

 その代表的なものが医療システムの問題です。米国では無保険者の死亡が多かったことから、オバマケアの復活など、公的保険制度の確立に向けた動きが加速すると考えます。日本では感染者数が欧米に比べて少なかったものの、医療の逼迫(ひっぱく)が容易に起こりました。これは日本式の医療が平時の慢性疾患診療には適しているものの、感染症流行など緊急時の診療には向いていないことを明らかにしました。流行後はこうした問題点を解決するために、日本の医療も変化してくことでしょう。

 行政システムにも変化が見られるかもしれません。今回の流行で中国のように国家統制が強い国では、流行が早期に収束しました。欧米諸国でも都市封鎖などの強い措置を国が取ることで、流行拡大が抑制されています。一方、日本では特別措置法による緊急事態宣言が発令されましたが、国や自治体による、もっと強い措置を期待する声も上がっています。今後、感染症の流行に限らず、災害などの際の緊急事態措置が日本でも強化されていくことが予想されます。

精神疾患の新型コロナウイルス患者に対応した「重点医療機関」の大部屋=神奈川県鎌倉市

精神疾患の新型コロナウイルス患者に対応した「重点医療機関」の大部屋=神奈川県鎌倉市

 ◇社会変化が文明の進化を起こす

 このように新型コロナウイルス流行後の社会変化には、さまざまな要素が絡み合っています。それが全体としては文明の進化として展開してくことになるでしょう。具体的に見れば、14世紀のペスト流行後は中世から近世への時代転換であり、16世紀の新大陸での天然痘流行後はアステカ・インカ文明の崩壊とスペインによる新大陸支配という結果です。

 文明の進化は必ずしも良い方向に向かうとも限りません。しかし、人類が新たな時代を生き抜くためにも、文明は進化していく必要があり、その契機として、今回の新型コロナウイルスの流行は人類にとって必要な出来事だったように思うのです。

 未来の歴史学者が今回の新型コロナウイルスの流行をどのように捉えるのか、それは大変に興味のあるところです。(了)


濱田特任教授

濱田特任教授

 濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏
 東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。


「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~