「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

オミクロン株の危険性
~感染者急増の「悪いシナリオ」も~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授)【第33回】

 2021年11月26日に世界保健機関(WHO)は、南アフリカなどで拡大している新型コロナウイルスの変異株を、危険性の最も高いランクであるVariant of Concerned(VOC・懸念される変異株)に指定し、オミクロンと命名しました。この新たな変異株流行のニュースを受けて世界の株式市場で大暴落が起きるなど、社会的にも大きな影響が生じています。今回は、現在までに分かっているオミクロン株の実態とその脅威について解説します。

大幅に下落した日経平均株価を示すボード=2021年11月29日東京都中央区

大幅に下落した日経平均株価を示すボード=2021年11月29日東京都中央区

 ◇南アフリカで起きた異変

 南アフリカでは7月をピークにデルタ株の流行が起きていましたが、10月までにはその流行がほぼ収束しました。ところが11月になり、首都プレトリアのあるハウテン州などで感染者数が再び増加し、新しい変異株が検出されるようになったのです。これがオミクロン株で、ウイルス表面のスパイクタンパクに30カ所以上という多数の変異が認められました。この変異の中にはウイルスの感染力やワクチンの効果に影響する部位も含まれています。

 実は、オミクロン株が最初に検出されたのは隣国のボツワナで、11月11日のことでした。その後、南アフリカで感染者数が増加するとともに、ヨーロッパやアジアなどの国々で、アフリカからの入国者に感染者が見つかっています。そして、日本でも11月30日、南アフリカの隣国であるナミビアからの入国者に感染が確認されました。アフリカには技術的にオミクロン株を検出できない国も多いため、この変異株がアフリカの広い範囲に拡大している可能性もあります。

 ◇WHOがVOCに指定した理由

 こうした世界的な拡大を受けて、WHOは11月26日にオミクロン株を変異株分類のVOC(懸念される変異株)に指定しました。WHOは変異株を感染力、病原性(重症度)、ワクチンの効果などを基に3段階に分類しており、VOCはこれらの指標に影響を与える可能性の最も高いランクになります。このグループにはアルファ株、ベータ株、ガンマ株、デルタ株の四つが指定されており、アルファ株は20年12月に英国から世界流行を起こし、デルタ株は21年4月にインドから世界流行に至っています。このように、世界流行を起こすリスクのあるグループにオミクロン株が入ったのです。

 それでは、オミクロン株はVOCに指定されるほど強力な変異株なのでしょうか。まず、スパイクタンパクの変異が30カ所以上に及んでおり、感染力の増加やワクチン効果の減弱が起きやすい状態にあると考えられます。ただし、これは可能性であり、感染力やワクチン効果への影響が実際に確認されたわけではありません。

 南アフリカでは21年11月に検出されたウイルスがデルタ株からオミクロン株に置き換わっており、これがオミクロン株の感染力が増強している可能性の一つに挙げられています。しかし、南アフリカではデルタ株の流行が収束した後に、オミクロン株が出現し、増加したと考えることもできるため、南アフリカの状況だけで感染力が強いとは言えないでしょう。

 WHOとしては変異箇所が多いことなどから、予防的な意味でオミクロン株をVOCに指定したようです。こうしたWHOの迅速な決定は、アルファ株やデルタ株が短期間のうちに世界流行に至ったことを考えると、妥当な対応だと思います。

「オミクロン株」の確認を受けて各国の渡航制限が相次ぐ中、フライト情報の表示板を見詰める旅行者(南アフリカ・ケープタウンの空港)=2021年11月28日=EPA時事

「オミクロン株」の確認を受けて各国の渡航制限が相次ぐ中、フライト情報の表示板を見詰める旅行者(南アフリカ・ケープタウンの空港)=2021年11月28日=EPA時事

 ◇「良いシナリオ」と「悪いシナリオ」

 このように、オミクロン株については今後の調査研究により、その実態がさらに明らかになってくるはずです。この変異株を評価する上で最も重要な指標は感染力で、もう一つはワクチン効果への影響です。この二つの指標を基に、今後想定される「良いシナリオ」と「悪いシナリオ」を考えてみましょう。

 「良いシナリオ」とは、オミクロン株の感染力があまり高くない場合で、そのときは現状のまま、デルタ株の世界的な流行が続くことになるでしょう。ワクチンへの影響があったとしても、あまり大きな問題にはならないと思います。例えば、20年5月に南アフリカで発生したベータ株は、ワクチンの効果が減弱していますが、感染力があまり強くないため、現在ではほとんど流行していません。

 一方、オミクロン株の感染力が強い場合は、「悪いシナリオ」に進む可能性が高くなります。特にデルタ株よりも感染力が強ければ、デルタ株からオミクロン株への置き換わりが世界的に起きるでしょう。こうした状況は21年夏に、アルファ株からデルタ株への置き換わりで経験しています。今後、感染者数が急増することが予想されます。

 感染力の増強に加えてワクチンの効果が減弱している場合は、ワクチンによる流行制圧という基本戦略にも影響が生じてきます。大幅な減弱があると、新しいワクチンの開発も必要になってくるでしょう。

 このように「悪いシナリオ」に進むと、現在、日本を含む各国政府が描いている流行からの出口戦略に大きな変更が生じてきます。流行終息の時期が遠のくことも考えられるわけで、これが各国の株式市場での暴落につながったのです。

 ◇世界各国が取るべき対策

 まだ実態は不明だとしても、オミクロン株という新たな火の手が上がったことは確かで、早期に拡大を抑えるための対策を取ることが必要です。

 まず、火元である南アフリカやその周辺諸国で、国内の感染拡大防止に全力を挙げなければなりません。オミクロン株へのワクチンの効果は現時点で不明ですが、国民への接種を広げていくことがまずは大切です。南アフリカの周辺には貧しい国が多いため、先進国などからの医療支援も必要になってくるでしょう。

 南アフリカや周辺諸国以外では、オミクロン株の流入を抑えるための水際対策の強化が必要です。日本では、アフリカ南部からだけでなく、全世界からの外国人の入国禁止措置を開始しました。また、国内で発生した感染者についても、オミクロン株のスクリーニング検査を実施する予定です。

 私たちはアルファ株やデルタ株の流行で、変異株の脅威を十分に経験しています。この被害を最小限に抑えるためには、世界各国が協力して対処する必要があります。今回のWHOによるオミクロン株のVOC指定は、それを促進させることも期待しているのではないでしょうか。(了)


濱田篤郎 特任教授

濱田篤郎 特任教授

 濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏

 東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。

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