こちら診察室 介護の「今」

ごみ屋敷 第11回

 かつて花が咲き乱れていた庭は、雑草が生い茂り、粗大ごみが打ち捨てられ、ごみ袋も無数に放り投げられていた。

 ◇近隣のねじ込み

 蚊が大量に発生し、ネズミが駆け回り、カラスがごみ袋を引き裂く。最近めっきり少なくなっていたハエも飛び回るようになってきた。夏には異臭が放たれる。

 その家の住人は1人暮らしの女性だ。80歳は超えているだろうか。近隣の住民と没交渉になって久しい。買い物に出掛ける女性に近隣があいさつをしても、いつも知らんぷり。それならばと、近隣の一人が「お宅のごみ、何とかしてくれませんか」とねじ込んでみたが、「私の敷地だ。余計な口を出さないでおくれ!」と切って捨てられた。

ごみが散乱した部屋。ケアマネジャーはこんな床の上に座ったのだろう

ごみが散乱した部屋。ケアマネジャーはこんな床の上に座ったのだろう

 ◇民生委員も返り討ち

 近隣の住民は、民生委員に「何とかしてほしい」と相談した。民生委員は、厚生労働相から委嘱された無報酬の非常勤公務員だ。

 民生委員法第1条には、「民生委員は、社会奉仕の精神をもって、常に住民の立場にたって相談に応じ…」とある。

 担当地域の住民から相談を受けた民生委員は、地域の問題を解決するためにすっくと立ち上がった。しかし、女性宅の門扉の奥には一歩も踏み込めない。そこで、外出を待ち伏せする作戦に出たのだが、女性は意に介さず、シルバーカーを押しながらズンズンと待ち伏せを突破する。取り付く島もないとはこのことで、あえなく返り討ちに遭ってしまった。

 ◇行政を動かす 

 困った民生委員と近隣の住民は、市役所に出向いた。職員は及び腰、重い腰。百戦錬磨の民生委員は「それならば」と、知り合いの市議に相談。すると、「じゃあ、一度訪問してみることにしましょう」と、職員の腰は一気に軽くなるのであった。

 さすがに女性は、市役所の職員までを無視するわけにはいかなかったようだ。最初は、「あれはごみじゃない。私の持ち物だ」と抵抗していたが、粘り腰(役人はいろいろな腰を持っている)の談判の末、ごみの一掃に成功した。

 近隣の住民が「秘策は何か」と聞くと、「無料で片付けます」と言ったとたんに、「じゃあ、やってもらうかね」になったのだと言う。

 ほっと胸をなで下ろす住民と民生委員。ところが、現実はそう甘くはなかった。

 ◇無慈悲な提案

 1年もすると、女性宅は元のもくあみとなったのである。ごみがたまる原因を手当てしない対症療法だったための、当然の成り行きと言えるだろう。

 さすがに行政としては、ごみがたまるたびに無料でごみを回収するわけにはいかない。二度あることは三度ある。近隣の住民も民生委員も行政職員も頭を抱えた。

 そんな時、近隣の住民が「精神障害じゃないのか」と言った。「だったら病院に強制的に入れることができるんじゃないのか」という無慈悲な提案だった。

 ◇妙案

 居合わせた民生委員は、「そこまではちょっと…」と言おうとしたが、ふと別のケースで関わった1人の人物の顔が脳裏に浮かんだ。その人の職種はケアマネジャーだ。

 「いや、待てよ。あの人なら何とかしてくれるかもしれない。最近、ごみ屋敷の住人さんは体の具合が悪そうだからな」

 民生委員は妙案を思い付いた。

 ケアマネジャーは、介護保険の要介護や要支援認定者の相談に乗り、サービスなどを紹介する職種である。さらに、そのケアマネジャーは社会福祉事務所も営んでいた。

 ◇知らないふりはできない

 民生委員は「仕事になるかどうかは分からないのですがね」と、ケアマネジャーにごみ屋敷の件を切り出した。

 一通り話を聞いた後で、「よくお知らせくださいました」と、社会福祉士の資格を持つケアマネジャーは感謝の意を伝えた。

 「でも、要介護認定が出るかどうかは自信がありませんよ」

 「たとえ認定が出なかったとしても、民生委員さんも私も、知らないふりはできないですからね。それでは、私たちの存在価値はありません」

 ◇法と倫理

 民生委員法第14条には、「援助を必要とする者がその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるように生活に関する相談に応じ、助言その他の援助を行うこと」や「社会福祉に関する活動を行う者と密接に連携し…」などと定められている。

 一方、社会福祉士の倫理綱領には、「社会福祉士は、人々をあらゆる差別、貧困、抑圧、排除、暴力、環境破壊などから守り、包括的な社会を目指すように努める」という「ソーシャルインクルージョン」の考え方が示されている。

 民生委員も社会福祉士も「法と倫理」において、ごみ屋敷の住民が社会から排除されないように適切な援助を行うことが使命なのだ。

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