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ごみ屋敷 第11回

 ◇心の扉を開く努力

 ケアマネジャーが取った行動は正面作戦だった。断られても、無視されても、毎日のようにごみ屋敷の呼び鈴を押し続けた。

 門扉の中に入れたのは2週間目。玄関ドアが少しだけ開けられ、住人の息遣いを生で聞くことができた。その息遣いなどからケアマネジャーは、女性の健康状態を観察。緊急介入の必要性を測った結果、焦らずに心の扉が開くのを待つことにした。

 玄関の中に入ることができたのは2週間後。次の訪問では、玄関の上がりがまちに腰を下ろすことができた。ごみのことには触れず、「あなたの健康が気がかりだ」と言い続けた。

 ◇すえた臭いの部屋に座る

 やがて居間らしき部屋に通されたケアマネジャーは、すえた臭いが充満し、ごみが散乱する床の上にちゅうちょなく座った。女性の表情が少し緩んだようだった。その後、ケアマネジャーは訪問するたびに、女性の身の上話に耳を傾けた。

 それから1カ月がたった頃、女性は言った。

 「あんたも物好きだねえ。こんなばあさんの話が面白いのかい」

 「ええ、いろいろなご苦労をお話しくださり、それを聞くだけで勉強になるんです」

 「で、私に何の用だい」

 ケアマネジャーは姿勢を正した。

 「もう少し、暮らしやすくするお手伝いができないかと思って来ています。そうすれば、ここに住み続けることができます」

 ◇住み続けられる方法

 「家は出ないよ」

 「そうしなくて済むための方法をご一緒に考えていきたいのです」

 「家は出ないよ」

 「このままでは、いずれ生活がほころびると、お感じではありませんか」

 「もう駄目だよ」

 「お体のこと、食事や洗濯のこと、きっと手だてはあります」

 「金はないよ」

 その後、ケアマネジャーは「要保護者向け不動産担保型生活資金」の利用や介護保険の要介護認定の申請などを勧め、女性は受け入れた。詳しい説明は省くが、かくして女性は介護保険のサービスを利用しながら、住み慣れた家に住み続けている。

 ケアマネジャーは行政に掛け合い、ごみの排出を実現させた。二度とごみ屋敷に戻ることはなかった。近隣の住民からも「何か手伝うことはないかしら」と、遠慮がちに声が掛かるようになったという。

 佐賀由彦(さが・よしひこ)
 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。中でも自宅で暮らす要介護高齢者と、それを支える人たちのインタビューは1000人を超える。

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