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がんの偽情報にだまされないために ~日本医科大・勝俣範之教授に聞く~

 職場や友人でがんになった人がいるという話を聞く機会が増えているのではないでしょうか。2人に1人が一生のうちにがんにかかると言われる今、自分や家族が発症したらどうしようか考えておく必要があると思います。がんに関する情報はネットやメディアにあふれていますが、どれが正しいのかと考えると、疑わしいものが多いと思います。そこで今回は、がんに関する正しい情報の見極め方などについて、この分野の第一人者である日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科の勝俣範之教授にお話を伺います。

(聞き手・文 海原純子)

 ◇本当に必要? 過剰検診に注意

 海原 勝俣先生、よろしくお願いいたします。メディアではがんに関する情報や広告があふれていますが、「こんな情報には気を付けよう」というものや思い込みについてお話を伺いたいと思います。まず、がん検診についてです。毎年がん検診を受けていれば大丈夫、早期発見ができる、早期発見こそ大事などと言われていますが、どんな検診を受ければいいでしょうか。がん発見に有効な検診などがあればお教えください。また、必要のない過剰な検査などもあればお教えください。

 勝俣 わが国で推奨されるがん検診は図のようになります。これらは科学的な根拠があり、検診を受けることで、がんによる死亡率が低下すると分かっています。例えば、乳がんでは40歳以上で2年に1回、マンモグラフィーという乳房のエックス線写真を撮るよう勧められています。

 これ以外のがん検診、例えば前立腺がんPSA検診や腫瘍マーカーによる検診などは、一般健診でオプションなどとして行っている所もありますが、推奨できるものではありません。前立腺がんPSA検診により早期発見が可能にはなります。しかし、前立腺がんの中には非常に進行が遅く、検診を行わなければ発見されず、また治療もしなくてもよいものが多く含まれていることが分かっています。そのため、PSA検診はまだ積極的に推奨するに至っていないのです。

 その他のCEACA19-9などの腫瘍マーカーによる検診というのは、見落とし(偽陰性)や偽陽性も多く、検診として推奨されるものではありません。無症状で健康な方が受ける必要はないと思います。

 海原 若いうちからどんどん検診をという情報もあふれていますが、乳がんを見つけるためのマンモグラフィーは40歳以上が推奨なのですね。若い世代は自分でセルフチェックし、異常を感じた場合に受診するようにすればいいですね。胃のエックス線検査も40歳以上が推奨というのは知られていないですね。エックス線による被ばくのデメリットが、がんの発見の頻度より大きいということなのですね。

 ◇禁煙でリスク軽減

 海原 「遺伝子検査を受けてリスクを知り、食生活を改善していればがんは予防できる」などという情報もありますが、食生活や禁煙・禁酒でかなりリスクは軽減できますか?

 勝俣 がんになった人の4割程度は生活習慣が影響を及ぼしているという国立がんセンターのデータがあります。最も影響しているのは食生活ではなく、喫煙、感染になります。食生活は1~2%くらいになります。がんの予防には、まず禁煙が大切。次に感染ですが、ヒューマンパピローマウイルス感染によるがんはHPVワクチンなどで予防が可能になりました。

 海原 たばこを吸わない方が肺がんにかかり、「たばこを吸ってたんですか」と言われてショックを受けたと話していました。また、乳がんにかかった方が「検診を受けてなかったの?」と言われてショックだったそうです。その方は半年前に受けていたそうです。検診・禁煙ですべて予防できると考えている方も多いです。

 勝俣 肺がんも喫煙が原因のすべてではありません。喫煙歴がない人も肺がんになります。また、乳がんでも、検診を受けていればすべて早期発見できるのかというと、一部の乳がんのみです。進行の早い乳がんの場合は早期発見できないケースも多いのです。

 ◇標準治療が最良

 海原 がんの治療についてもSNSでの広告の多さにびっくりします。大学病院などで行われるがんの標準治療は信頼できる治療法にもかかわらず、標準という名前ゆえか「並」の治療というイメージをお持ちの方も多いです。並が嫌だから「上」の治療がないかと思う方もいるようです。

 勝俣 標準治療は英語の”Standard therapy”を日本語にしたものですが、Standardには「最も良い」「重要な」という意味が含まれています。ジャズのスタンダードもそういう意味ですよね。並の治療というわけではありません。世界中のさまざまな研究結果により、最も良いものが標準治療として認められます。日本では、標準治療はすべて保険適用になる仕組みができています。逆に、保険が利かないものは、まだ効果が定まっていないもの、効果が怪しいものと考えてよいことになります。

 ◇怪しい治療を見分ける三つのポイント

 海原 がんと診断されたら大きなストレスになりますが、その不安に付け込むような、効果が期待できない高額な治療を受け、結局病状が進行してしまう方がいるのは残念です。こうした状況を防ぐためにはどうすればいいでしょうか?

 勝俣 がん患者さんの弱みに付け込んで、「〇〇でがんは治る」「食事でがんは治る」などの怪しい情報がネットやメディアでは多く見受けられます。そのような情報に惑わされないように、正しい情報を知ってほしいです。怪しい医療情報を見抜くポイントは①保険が利かない治療②「がんが消えた」「治った」との過剰なうたい文句③体験談の紹介―の三つです。注意してください。

 海原 正確な情報を見つけるにはどこを調べればいいでしょう?

 勝俣 公的なものなら、がん研究センターがん対策情報センターホームページ、日本癌治療学会、日本臨床腫瘍学会などのホームページ、民間の情報だと、NCI PDQ日本語版である先端医療振興財団「がん情報サイト」、NPO法人キャンサーネットジャパン(CNJ)、海外がん医療情報リファレンスなどがお勧めです。(了)

勝俣教授

勝俣教授


 勝俣範之(かつまた・のりゆき) 山梨県富士吉田市生まれ。1988年富山医科薬科大学医学部卒業。国立がんセンター中央病院内科勤務を経て2004年ハーバード大学生物統計学教室に留学。ダナファーバーがん研究所、ECOGデータセンターで研修後、国立がんセンター医長。11年10月から日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授。

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