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デイサービスを嫌がる理由 第41回

 デイサービスを嫌がる利用者は少なくない。その理由は多種多様だ。76歳の要介護の男性も、そんな一人だ。

今どきのデイサービスでは、入れ立てのコーヒーを振る舞う所もある

今どきのデイサービスでは、入れ立てのコーヒーを振る舞う所もある

 ◇嫌な質問

 その男性は、現役時代の職業を聞かれるのを嫌がった。もちろん仕事には誇りを持っていた。でも、「刑事でした」と言うと、多くの人が一歩引く。そこで、「公務員でした」とお茶を濁してみるのだが、「ほう。公務員ですか。それでどんなお仕事を?」と次なる質問が来るのを常とした。だから、デイサービスに通うのが嫌だった。

 ◇断り続けたが…

 デイサービス通いを勧めたのは、唯一の同居人である妻と、妻が見つけてきたケアマネジャーだ。当然ながら男性は「行かない」と断った。しかし妻は「そうですか」とは妥協せず、繰り返し勧め続けた。

 「体を動かさないと歩けなくなりますよ」

 「自分で動かすからいい」

 「お料理がおいしいらしいですよ。あなたの食事作りだって、大変なんですから」

 「コンビニのおにぎりで十分だ」

 「お仲間が増えますよ」

 「いまさら、仲間なんかいらない」

 「レクリエーションが楽しいそうじゃないですか」

 「ジジババのお遊戯に興味はない」

 「広いお風呂にも入れますよ」

 「風呂は嫌いだ」

 ◇妻が切れる

 何だかんだと断り続けたのだが、ついに妻が爆発した。

 「私のことなんかどうでもいいのね。あなたが家にいると、外出もできないんですよ」

 「気にせずに出掛ければいい」

 「出掛られるわけないでしょう。自分一人じゃおトイレにも行けないくせに。それともおむつしてくれる」

 「冗談じゃない」

 「じゃあ、デイサービスに行ってくださいよ」

 ◇条件付き妥協

 そんなやりとりの数日後、ケアマネジャーが自宅にやって来て、「このままでは奥さまが倒れてしまいます」と説得した。二人はつるんでいるのだろうが、確かに妻のストレスは限界にきているようだ。持病の片頭痛に加え、最近は「ここが痛い」「あそこが痛い」とやかましい。ここで妻に倒れられたらかなわない。男性は週1回の条件付きでデイサービスに通うことにした。

 ◇「不通所」になる

 通う以上は、やはり他の年寄りと会話を交わさざるを得ない。そして、慣れる頃にやって来るのが、「どんなお仕事を?」という質問なのだ。

 「刑事」と答えれば、それまでと違う視線を感じるし、適当にごまかしても、ムズムズと居心地が悪い。結局は、不登校ならぬ「不通所」となってしまった。

 しばらくすると、妻といさかいを起こし、またまたケアマネジャーがやってくる。

 ◇勧め上手

 ケアマネジャーはやはりプロ、勧め上手だ。

 「新しいデイサービスを見つけてきました。お気に召すかどうか分かりませんが、お試しになってみませんか」と優しく言う。どうやら、不通所になった理由が施設との相性にあると思っているようである。それはともかく、男性はその勧め方が気に入っている。

 見合いの世話焼きおばあさんのように、「今度は絶対気に入るから」と押しまくるのは願い下げだが、「お気に召すかどうか分かりませんが」と謙虚に誘われると、ちょっと試してみるかという気になる。

 ◇今どきのデイサービス

 デイサービスといえば、童謡を歌いながら体操をしたり、風船バレーや輪投げをしたり、幼子がやるような塗り絵をしたりなど、とても大人の通う場所ではないと男性は思っていた。実際、最初に通ったデイサービスでも、今すぐにでも逃げ出したくなるような衝動を覚えたものだった。さらに、「どんなお仕事を?」の追い打ちが来る。

 ところが、ケアマネジャーが紹介してくれるデイサービスは違った。

 集団プログラムがなく自由気ままに過ごさせてくれる所、プロまがいの趣味活動ができる所、昼食のメニューを複数の選択肢から選べる所、食後にひき立てのかぐわしいコーヒーを入れてくれる所、好きな酒が飲める所、決して幼児に話し掛けるような言葉を使わず一人の大人として接してくれる所。「これなら行ってもいいかな」と思えるような魅力あるデイサービスが今どきはある。

 ◇せめぎ合いの果てに
 そんな魅力と元の職業を聞かれるつらさのせめぎ合いがしばらく続いた。やがて、魅力の方が勝るようになり、元職を吐露することへの抵抗感は次第に薄れてきた。

 そして、幾つ目かのデイサービスで、こんな時がやって来た。

 とても感じが良い女性の利用者と好きな映画の話をしていた時だ。

 「私、『砂の器』が大好きなんです。それまで丹波哲郎さんはあまり好きじゃなかったけど、今西刑事ってとても素敵だなって」

 「ほほう、刑事がお好きですか」

 「ええ、同じ野村芳太郎監督の『張り込み』も大好きで、下岡刑事役の宮口精二さんって、渋いですよね」

 「ああ、私もどちらも見ましたよ。いい映画でしたね」

 「私、刑事さんに憧れているんです。でも、あの頃の森田健作さん(『砂の器』の吉村刑事役)や大木実さん(『張り込み』の柚木刑事役)は青くささがあって、ちょっとね…。やっぱり男は渋くなくっちゃ」

 今度も男性は、自分が元刑事だとは名乗れずにいる。しかし、それまでとは違って、心地良さを感じている。「このデイサービスなら、週2回通ってもいいかな」とも思い始めている。(了)

 佐賀由彦(さが・よしひこ)
 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。中でも自宅で暮らす要介護高齢者と、それを支える人たちのインタビューは1000人を超える。

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