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眼科における再生医療の進歩
~iPS細胞への期待と現状~ 第7回

 「山中伸弥先生が開発したiPS細胞(人工多能性幹細胞)で、私の目は見えるようにならないのでしょうか」

 網膜や視神経の病気で視覚に障害のある方から、外来でよく聞かれる問いです。

 2014年に理化学研究所(理研)の高橋政代、栗本康夫・両氏らの研究グループが世界で初めて、滲出(しんしゅつ)性加齢黄斑変性の患者に対するiPS細胞由来の網膜色素上皮の移植を成功させたことが大きく報道されました。このニュースは多くの患者に希望を与えましたから、上記のような質問が出てくるのは当然でしょう。

図1 正常な網膜の断面図。①は神経網膜、②は脈絡膜。

 ◇「主役」は神経網膜

 そこで、この網膜移植についてよく考えてみましょう。図1はOCT(光干渉断層計)で見た正常な網膜の断面図です。網膜は視細胞を起点とした神経細胞のネットワークでできていて、そこに入った信号は視神経に集約されて脳に送られ、初めて「見える」ことになります。つまり、見えることに貢献する主役は網膜の神経細胞(神経網膜)です。一方、網膜色素上皮層は網膜の土台であり、脈絡膜側から主に網膜の視細胞に栄養を送る役割をして網膜機能を支えています。

 先に紹介した手術で、移植された細胞はiPS細胞由来の網膜色素上皮細胞でした。加齢黄斑変性やほかのさまざまな網膜の病気では、視機能が侵される一因がこの網膜色素細胞が機能不全に陥ったことですから、そこに新鮮な色素細胞を移植することで網膜機能を維持しようとする狙いです。理研の研究グループは、適応症例を「網膜色素上皮不全症」という範疇(はんちゅう)に限定して慎重に研究を進めています。

 ここで注意したいのは、この研究は見えるための主役である神経網膜を移植したわけではないという点です。神経細胞が既に大幅にダメージを受けてしまった網膜や視神経の病気では、この治療は無意味なことになりますから、治療の対象者は非常に限定的になるわけです。

 ◇乗り越えなければならない障壁

 では、網膜色素上皮と同じように網膜の神経細胞はつくれないのでしょうか? つくることができれば、緑内障、視神経症、各種の網膜疾患といった視覚障害に至る多数の病気に応用できます。実情はどうでしょうか。試験管の中で網膜神経細胞に類似した細胞がiPS細胞からできる可能性は示されています。しかし、神経細胞はそもそも再生能力がほとんどありません。網膜の神経細胞は特化した何種類かの細胞で構成され、それらが見事に整然とネットワークを形成して初めて機能します。また、網膜内でうまく機能しても、網膜で受けた視覚情報が適切に脳へと伝わらなければ見えることにはなりません。

 見えなくなった目が見えるようになる夢に到達するためには、まだまだ幾つもの高い障壁を越えなければならない段階です。

図2 角膜のただれ(スティーブンス・ジョンソン症候群の症例、天野史郎医師提供)

 ◇角膜上皮再生の進歩

 網膜神経細胞の再生医療に関しては、このようにまだ長い道のりが残っていますが、角膜の上皮については以下のように近年、目立った進歩があります。

 角膜が混濁して透明性を欠き、治療困難な状態になる原因には、やけどやアルカリ外傷、薬物によるスティーブンス・ジョンソン症候群、類天疱瘡(るいてんぽうそう)、感染症が長引くことなどにあります。

 角膜は、外界と接する角膜上皮細胞層、角膜実質、角膜の裏側に並ぶ角膜内皮細胞層とで構成される透明な器官です。それが図2のような病状になれば、当然外からの視覚情報が眼内に届きにくくなります。濁りが高度になった場合には角膜移植という手段が古くから用いられていますが、拒絶反応や再発の問題が常にありました。最近では角膜の全層ではなく、層別に移植する技術も進歩しています。

 しかし、こうした移植には角膜提供者が必要であり、ここがどうしてもネックとなります。そこで、胎盤由来の羊膜、患者自身の口腔(こうくう)粘膜の上皮や角膜輪部の上皮を培養して増やし、シート状にして移植するなどの挑戦が行われてきました。この成果には目を見張るものがあり、保険適用の先進医療として正式に採用されるに至っています。

 さらに、大阪大学の西田幸二教授らは、iPS細胞から角膜上皮を作製して移植する手術に成功しており、この分野は大きな発展が期待されています。(了)

 若倉雅登(わかくら・まさと) 
 1949年東京都生まれ。北里大学医学部卒業後、同大助教授などを経て2002年井上眼科院長、12年より井上眼科病院名誉院長。その間、日本神経眼科学会理事長などを歴任するとともに15年にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ、神経眼科領域の相談などに対応する。著書は「心をラクにすると目の不調が消えていく」(草思社)など多数。

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