認知症 認知症の人への視線を考える

穏やかに生きるための条件 (ジャーナリスト・佐賀由彦)【第8回】

 本連載は、今回で一応の区切りをつけようと思う。「認知症の人への視線を考える」で繰り返し強調してきたのは、認知症になってもできることはたくさんあるし、本人の自信を失わせるような対応を周囲がしなければ、認知症の人は穏やかに生きることができるということだ。

ある高齢者宅にあったかんじき。このかんじきは「現役」だが、雪国育ちの高齢者にとって、思い出話のきっかけになることだろう(本文とは関係ありません)=今井和則撮影

 ◇エラーレス・ラーニング

 認知症の人へのリハビリテーションでしばしば用いられるのは、エラーレス・ラーニングという手法だ。「失敗しない学習」とか「誤りなし学習」などと訳され、発達障害や外傷による記憶障害の人にも効果があるという。

 十分なヒントを与えるなど、失敗しないための助言を行ったり、小さくても確実な成功体験を積み重ねたりする方法だ。

 試行錯誤の中から正答を選び出す従来の方法では「誤った答え」の記憶が潜在的に残るため、正しい答えの定着化の妨げになるという考え方によっている。

 認知症の人へのエラーレス・ラーニングは、日々の暮らしの中で本人にとって重要なことに的を絞って行われる。「自信を失わせない」「自尊心を傷つけない」という方法であるがゆえに、その効果も高いものになる。認知症の人にとっては「自信の喪失」こそが、穏やかに生きる上での大敵なのだ。

 ◇回想を活用する

 回想法とは、昔の懐かしい道具や写真などを材料にして、思い出話に花を咲かせる療法だ。1960年代に米国の精神科医が提唱した心理療法で「過去の繰り言」などとネガティブに扱われていた高齢者の回想に積極的な役割を見いだし、今をより良く生きることに活用していこうというものだ。

 筆者はかつて、認知症高齢者のグループ回想法の映像を記録したことがある。構成メンバーは、老人施設に入居中の認知症中等度の高齢者8人とスタッフが2人。スタッフの一人は認知症のスペシャリストで、毎週1回1時間のセッションを8回行った。

 毎回、道具を2〜3点(古い教科書、番傘、お手玉、竹とんぼ、もんぺ、山高帽、洗濯板、湯たんぽ、おひな様、五月人形など)を準備し、「学校の思い出」「初恋の思い出」「家事・仕事の思い出」「生活の知恵」などのテーマに基づいて昔を振り返った。

 中等度の症状は新しいことを覚えられない、家族を認識しづらくなる、一人では適切な洋服を選んで着ることができないなど、介助なしには生活が難しいとされる段階だ。BPSD(認知症の行動・心理症状)が顕著になった人もいる。参加メンバーにも、施設で困ったことを引き起こす人が何人かいた。

 ◇週に一度集まる

 ある参加メンバーの女性は、他の入居者の部屋に勝手に入り込んでは枕や衣服を繰り返し持ち出していた。別の女性は、深夜に夜勤スタッフの詰め所を訪ね「私、妊娠したの」と訴えるのを常としていた。小さな手提げバッグに入れた小銭の勘定を延々と繰り返すことを日課とするある男性は、他者に暴力を振ることがあった。

 そんなメンバーたちが、週に一度集まるのだ。職員に手を引かれながら来る人もいるし、車いすに乗って来る人もいる。

 ◇メンバーの顔が輝く

 最初の1〜2回は若干の硬さは見られたが、スタッフの巧みな仲介でやがて打ち解け「おなじみさん」の関係になってきた。メンバーの一人が他のメンバーを指して「この人、考え方が古くさいからね」などと言う評価は、驚くほどに正確だったりした。 3回目以降は、セッションが始まった途端に、メンバーの顔が輝き始めるようになった。

 4回目のテーマは「初恋の思い出」。女性は乙女のように、男性は照れくさそうに、しかし多弁に思い出話に花を咲かす。

 回想法では思い出の正確さはまったく問わない。だから、みんな安心して話すことができる。入居フロアに戻れば厳しい表情を見せるメンバーたちも、回想法の時間は穏やかな表情になる。

 事前の情報なしにその場に飛び込んだら、認知症の人の会話であるとは決して感じないだろう。それほどまでに周囲の人の関わり方で、認知症の人は、ごく普通の時間を取り戻すことができるのだ。

雪の中を高齢者宅に向かうケアマネジャー。認知症になったら介護保険を申請し、ケアマネジャーと相談しながらこれからの生活を組み立てるのも良い方法だ(本文とは関係ありません)=大隅孝之撮影

 ◇ナポリ民謡を絶唱

 ある日のセッションで「子どもの頃に抱いた将来の夢」に話題が及んだ。メンバーの一人、そう、深夜に妊娠したと訴える女性が「歌が好きで、音楽学校に進みたかったの」と語り始めた。ところが、女性であることに加えて家が貧しく、住み込みの家事手伝いの道を選ばざるを得なかったと話す。

 スタッフが「歌がお好きで、音楽学校に進みたかった。それなのに、家事手伝いの道に進まなければならなかったのですね」と繰り返す。「そうなんです、とても悔しくて」と女性は唇をかむ。

 メンバーから「歌がお上手なんでしょうね」と声がかかる。「そう、今でも好き。私、歌います」。メンバーは「おー」「いいわねえ」などと声をかけ、拍手を送る。女性は「こほん」とせき払いをし、ナポリ民謡の「サンタ・ルチア」を歌い始めた。それは、まさに絶唱であり、メンバーもスタッフもナポリの海の情景と女性の胸の内にしみじみと思いをはせただろう。

 ◇700万人の不安や恐怖

 厚生労働省は、4年後の2025年には認知症の人が700万人程度になると予想する。700万人と言えば、65歳以上の5人に1人だ。もちろん、年齢によって発症率は違い、80歳を超えれば4人に1人、85歳を超えれば何と2人に1人が認知症になると言われている。長生きするほどに、認知症になる確率は加速度的に増えてくるのだ。

 この事実は「社会的に困った問題」とされているが、それよりも、700万人の人が不安や恐怖を感じながら日々の生活を送るものと捉えたい。背景には「認知症になったらおしまい」という偏見や誤解がある。

 ◇認知症でも何とかなる社会へ

 認知症の人は「健常者」と呼ばれる人、いや、本人も含めて多くの人が思っている以上の力を持っている。関わり方次第で、その力はしぼみもすれば膨らみもする。

認知症の人の不安や恐怖を和らげるような関わり方ができれば、認知症になっても穏やかに生きることができ、決して絶望しない社会が訪れる。

 認知症になりたくないと強く思うほどに、認知症の人を排除する社会となる。「認知症になったって、何とかなる」。そう思える社会にしたいものだ。(完)

 ▼佐賀由彦(さが・よしひこ)さん略歴

 ジャーナリスト

 1954年、大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本執筆・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場(施設・在宅)を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。

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